外交評論家で内閣官房参与の宮家邦彦が8月12日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。中国政府が8月10日に発表した台湾統一の白書について解説した。
中国が台湾統一の白書を発表
中国政府は8月10日、「台湾問題と新時代中国の統一事業」と題した白書を22年ぶりに発表し、平和的な統一のために最大限の努力を続けると主張した。一方で、アメリカが公的な往来や武器の売却で統一を妨害していると批判し、「独立勢力や外部勢力がレッドラインを超えれば断固たる措置を取る」として、「武力行使は放棄しない」と牽制(けんせい)した。
飯田)アメリカのペロシ下院議長の訪台から、こんな白書が出てきました。
宮家)22年ぶりに出したわりには、目新しいところは1つもないですよね。「平和的統一」と言いながら、武力行使は放棄しないと。一国二制度でやると言うけれど、「香港の例を見なさい」と言いたいですね。ペロシ訪台で大騒ぎになったから、プロパガンダの一環としてこの際出しておこうというだけで、中身に新しいものはありません。
飯田)22年ぶりのわりには。
宮家)ペロシさんの訪台についても、短期的メリットは三者三様です。ペロシさんは議長としては最後なので遺産を残したい。習近平さんは3期目がかかっているから簡単には譲歩できない。バイデンさんは支持率が低いから、レームダックにならないようにしたいと。それはそれなりにうまくいったと思うけれども。
飯田)三者三様。
宮家)5年に1度の頻度なのですけれども、今回の中国の判断は相変わらず失敗だったと思います。日本との問題で考えてみてください。2010年に、酔っぱらった船長さんがぶつかってきたという1回目の尖閣事件がありました。2回目が2012年で、いわゆる国有化問題です。あのときに中国は判断ミスをしたと思います。あんな形で日本に強気に出たため、日本国民に「中国はいかがなものか」と思わせてしまった。
ペロシ氏の訪台はわかっていた上で過剰反応をした中国 ~過剰反応がマイナスだということが理解できない
宮家)2012年は5年に1度の党大会の年だったから、譲歩できなかった。日本政府は当時の東京都知事が島を買うと言ったので、それでは国で買ってしまえとなった。もともと国は一部の所有権を持っているわけですから、買ってしまえば尖閣が政治の道具にならずに済むだろうと思って、中国側と握ろうとした。しかし、中国側は握れなかった。なぜかと言うと2012年が党大会の年だったからです。「妥協してどうするのだ」と叩かれたらたまらないということで、日中の取引は失敗したのです。それでおそらく中国側は強硬策となった。今回も同じです。新型コロナに感染して延期になっていたのだから、ペロシさんが台湾へ行くことは前からわかっていたことです。
飯田)そうですね。
宮家)だから中国側は満を持して軍事訓練も行ったのです。あんなに大規模な訓練が一朝一夕に準備できるわけがありません。相当前から計画していないとできない。ということは、中国側は確信犯的に過剰反応した。日本にまでミサイルを撃ち込んできました。
飯田)排他的経済水域に5発撃ち込まれました。
宮家)「排他的経済水域など認めていない」と彼らは言うのだろうけれども、訓練区域の位置や方向を見ると、中国側は台湾を包囲して海上と航空を封鎖し、兵糧攻めにしようとしているわけです。そうは言っても、あのミサイルの撃ち方は間違いなく米軍基地を念頭に置いたものだと思います。
飯田)日本にある米軍基地。
宮家)あの過剰反応をプラスマイナスで考えると、中国にとっては損だったと思います。1996年にも台湾で総統選挙がありました。それでミサイルを撃ったのだけれど、アメリカの空母が出てきて、結局、李登輝さんが勝ってしまった。もっとうまい方法があっただろうと思うのだけれど、ああいうときに彼らは「力を見せたら相手はひるむのではないか」と勘違いするのです。逆効果だということがどうしてわからないのでしょうか。
5年に1度の強硬主義 ~逆効果だということに気付かない中国
飯田)香港への一連の圧力にしても、台湾では総統選があり、蔡英文さんが不利だと言われていたところから……。
宮家)逆に勝ってしまったのだから、彼女の2期目は中国の香港への弾圧のおかげだということです。やはり中国は判断ミスをしている、もしくは判断基準が違うのでしょうね。戦略的な判断ミスだと思うけれども、それが繰り返されているという意味では、あまりいい兆候ではない。また5年後に何が起こるかを考えるとやはり嫌ですね。
飯田)宮家さんの産経のコラム「宮家邦彦のWorld Watch」にも、5年に1度の強硬主義について書いていらっしゃいますが。
宮家)党大会というのは、日本の自民党大会などとは違います。そもそも実質的には選挙がないですからね。独裁体制の下で絶対に乗り越えなければいけないハードルです。だからこそ強気に出るのかも知れないけれど、逆効果だということに気が付いて欲しいですね。
ペロシ下院議長の訪台は正しかった ~アメリカが混乱しているように見えることは中国に間違ったメッセージを送りかねない
飯田)台湾情勢、ペロシ下院議長の訪台からというところですけれども、ペロシさんの動きはどうご覧になっていますか?
宮家)アメリカでもいろいろな議論がありました。行く前にも、アメリカのリベラルな人の一部から、やりすぎだと。危険だと言った人もいます。しかし、彼女は確信犯であり、人権の擁護という観点から中国に対して厳しい人でしたので、それは当然です。バイデンさんも「軍が心配しているのだよ」という煮え切らないことを言っていて、ちょっと心配です。
飯田)そうでした。
宮家)中国は5年に1度の判断ミスをするのだから、こういうときに間違ったメッセージを送ってはいけないと思うので、彼女が台湾に行ったことは正しかったと思います。
飯田)訪台は。
宮家)ただ、いま(アメリカが)混乱しているように見えることが、中国に間違ったメッセージを送ることになってはいけないと思うのです。アメリカは民主主義国で、しかも三権分立の国ですから、行政府と立法府、特に立法府の権限が強い。
飯田)議会ですね。
宮家)ペロシさんはその議会のリーダーです。アメリカの対中政策について、1970年代にニクソン・キッシンジャーがつくった1つの抑止のメカニズムが、中国の強大化によって見直しを迫られている。そういうときにアメリカは、日本のように外務省が考えて、総理に上げ、それを総理が発表する……議会は議院内閣制だから、あとは部会に説明すればいい、という形ではないのです。
アメリカの台湾に対する政策が変わっていく
宮家)アメリカでは、行政府が考える対中政策と、立法府・議会が考える対中政策がかなり違います。特に今の議会では台湾に対する擁護の声が大きい。行政府とは違うのだけれども、その見直しを何と公開で行っている。そのなかで、ペロシさんは自分の信念で台湾に行くと判断した。共和党の関係者の多くも内心は「それで正しい」と思っているわけです。
飯田)共和党の関係者も。
宮家)しかし、台湾にどんどん傾いていっていいのかと言うと、そうもいかないわけです。そういう形で侃々諤々の議論をやった結果、今は徐々に台湾政策がアメリカの政府として、つまりアメリカの政府とは三権から成り立っていますから、行政府も立法府も含めて収斂していく過程がある。時間は掛かるのですけれども、それがもう始まっているのだと思います。今回のことで、おそらく徐々に台湾に対する政策が変わってくるだろうと確信しました。
中国を抑止する「できあがっていたメカニズム」を壊して政策だけを変えることは危険
飯田)議会の方では、新たな法律がいま上院で審議されていて、そのなかには台湾をNATO非加盟の主要な同盟地域に指定するということが盛り込まれています。
宮家)「2022年台湾政策法案」ですね。実質的な方針変更なのだけれども、私は、方向として間違っているとは言いませんが、実はこれに慎重なのですよ。なぜかと言うと、先ほど申し上げたように、1970年代に台湾問題について、現状を維持するため、中国の攻撃を抑止するようなメカニズムができあがっていた。そのなかにはアメリカの曖昧戦略や台湾関係法など、いくつかの要素があり、これがうまく機能してきたわけですが、今それを変えるのですかと。
飯田)できあがっていたものを。
宮家)「中国が強くなったから変えたい」という気持ちはわかるけれども、では「強くなった中国をどう抑止するのか」という新しいメカニズムを考えなければいけないわけです。前のメカニズムを壊すのは簡単だけど、それで「中国を抑止するメカニズムを失うのですか」、「政策だけ変えていいのですか?」と言いたい。
慎重な政策の変更が必要
宮家)これは非常に危険な考え方だと思います。今は1972年の状況とは違いますから、中国と簡単に握れるわけでもありません。それだけに慎重な政策の変更が必要だと思うのです。侃々諤々の議論をするのはいいのだけれども、「それだけではダメですよ」と言いたいですね。
飯田)むき出しのパワーとパワーのぶつかり合いになってしまうと、危険になる。
宮家)最低限の了解がないままに米中がガチンコでやれば、本当に不測の事態が起きかねないと思います。
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