巨人・戸郷翔征 窮地のチームを救った「粘り」のピッチング

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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、8月25日の中日戦で11勝目を挙げた巨人・戸郷翔征投手にまつわるエピソードを紹介する。

巨人・戸郷翔征 窮地のチームを救った「粘り」のピッチング

【プロ野球巨人対中日】笑顔で11勝目のポーズをとる巨人・戸郷翔征=2022年8月25日 東京ドーム 写真提供:産経新聞社

『前半はよかったんですけど、後半に失速というかピンチが多かったのでなんとか今年のテーマでやっている、粘るということを目標に頑張りました』

~読売ジャイアンツ・球団公式サイト(2022年8月25日掲載記事 より)ヒーローインタビューでの戸郷コメント

8月16日~21日にかけてDeNA、阪神に6連敗を喫した巨人。その時点で5位に転落し、最下位・中日との差は1.5差に。23日からの中日3連戦は、絶対に負けられない戦いになりました。

初戦はエース・菅野が踏ん張り快勝。しかし2戦目は中日・松葉を打てず完敗を喫し、ゲーム差1.5に戻って迎えた第3戦。巨人・原監督がマウンドを託したのは、10勝を挙げているチームの勝ち頭・戸郷でした。

対して中日は、髙橋宏斗。高卒2年目ながら開幕から先発陣の一角に加わり4勝。規定投球回には未到達ながら、すでに100奪三振以上をマークしている好投手です。

試合前の時点で、戸郷の奪三振数はリーグトップの112。髙橋は104。戸郷が8個上回っていますが、戸郷は登板19試合、髙橋は14試合でこの数字ですから、戸郷にとっては手強いライバルです。この奪三振王争いも注目点の1つでした。

ここで敗れたら、CS争いに後れをとってしまう。戸郷は立ち上がりから全力で飛ばします。初回、岡林・溝脇を空振り三振、阿部を見逃し三振に切ってとり、2回もビシエド・平田・福田を全員空振り三振に。何と、6者連続三振という離れ業を演じます。この間、捕手以外の野手は「仕事ナシ」でした。

これで、3回先頭の土田も三振に仕留めれば、抜群のコントロールで「精密機械」と呼ばれた阪神・小山正明が1956年に打ち立てたプロ野球記録「初回からの7連続奪三振」に66年ぶりに並ぶことに。しかし、土田は3球目のカーブを打ち返し、ピッチャー強襲ヒットでタイ記録はなりませんでした。

続く石橋はセンター前ヒット。9番・髙橋は当然送りバントですが、自ら処理した戸郷は三塁へ悪送球。無死満塁のピンチを招いてしまいます。しかも打順は上位へ……。

絶体絶命のこの場面で、戸郷は踏ん張りました。まず岡林を空振り三振。続く溝脇をフォークでピッチャーゴロに打ち取りますが、このとき思わぬアクシデントが……。打球が戸郷の右手親指付近を直撃したのです。しかし戸郷はボールをつかむと、すかさずホームへ送球。三塁走者・土田は間一髪フォースアウトになり、好フィールディングで得点を許しませんでした。

このプレーのあと、戸郷はマウンドに座り込み、桑田投手チーフコーチとトレーナーが駆け付けるシーンもありましたが、「大丈夫」とそのまま続投。阿部を空振り三振に仕留め、この回を無失点で切り抜けます。とにかくチームを勝たせたい。自分の力で何とかしたい。そんな思いが伝わってくる序盤3イニングの力投でした。

4回も、ビシエドがセカンドフライのあと、平田・福田を連続空振り三振。この時点で早くも10奪三振に達します(12個のアウトのうち、10個が三振!)。一方、巨人打線は3回まで髙橋の前に1四球だけ。ノーヒットに抑えられていましたが、戸郷にこんな力投を見せられては奮起しないわけにはいきません。

4回、先頭の坂本がセンターオーバーの二塁打を放つと、丸のファーストゴロの間に三進。中田の犠飛で生還し、巨人が先制点をもぎ取ります。ところが中日も5回、1死三塁とすかさず反撃。ここで髙橋の打球を処理した戸郷がホームに送球しますが、間に合わず同点に(記録は戸郷の野選)。

続く岡林を併殺に仕留め、何とか1失点に止めましたが、先取点を取ってもらった直後にすぐ取り返されるのは、先発投手にとって恥ずかしいこと。戸郷はその借りを、今度は打席で返します。5回裏の攻撃、1死三塁の場面で8番・大城が申告敬遠され、戸郷に打順が回ってきました。

戸郷はバントの構え。一塁走者だけ送る作戦と思わせておいて、原監督は三塁走者・ポランコをスタートさせました。戸郷は絶好の位置に打球を転がし、ポランコは生還。一塁も間に合わず、セーフティスクイズを成功させた戸郷は自ら勝ち越しの1点をもぎ取りました。

『たまたま決まったんで。勝ち越したかったんでなんとかびくびくしましたけど、決められました』

~読売ジャイアンツ・球団公式サイト(2022年8月25日掲載記事 より)

こう本人は謙遜しましたが、これも集中力の賜(たまもの)でしょう。6回も1死満塁のピンチを招きますが、福田を空振り三振、土田をレフトフライに打ち取り、この回も無得点に抑えます。

4回・5回・6回のピンチを、わずか1失点で切り抜けてみせた戸郷。戸郷が今季、桑田コーチとの間でテーマとしていたのは「粘り」でした。試合途中、苦しい場面を迎えても、何とか最少失点に抑えつつ、できるだけ長いイニングを投げる。エース格の投手に要求されることです。

粘りのピッチングに要求されるのは、終盤まで球威と制球力を落とさないことです。

『今季は次回登板までに中6日より空く際は3度、中6日では2度ブルペン投球を行う。昨季は1度のみだったが、桑田コーチからの「(マウンドの)傾斜を感じよう」との提案で導入。傾斜で投球する中で指先の細かな感覚を磨くことが狙いで、同コーチは「彼はちゃんと守ってやっている」と丁寧な取り組みを評価している』

~『スポーツ報知』2022年8月26日配信記事 より

この取り組みによって制球力が安定、四球も減って「粘れる」ようになったことが、今季戸郷が勝っている理由でもあります。この中盤3イニングは、まさに「粘りのピッチング」を体現していたと言えるでしょう。

ここで、時計の針を少し前に戻します。この試合の前週、戸郷は18日のDeNA戦に登板。巨人はDeNAに2連敗を喫し、3戦目のこのゲームは何としても連敗を止めなければいけない状況でしたが、3-3の同点で迎えた8回、戸郷は佐野に決勝アーチを浴び、無念の降板。6敗目を喫してしまいました。

佐野に打たれたあと、マウンド上でがっくりとうなだれ、しばらく動けなかった戸郷。試合後、こんなコメントを残しています。

『点を取ってもらいながらも粘りきれませんでした。しっかり修正して次に挑みたい』

~『日刊スポーツ』 2022年8月18日配信記事 より

ここでも「粘り」という言葉を口にした戸郷。修正して臨んだ「次の試合」が、この中日戦でした。驚いたのは、7回も3者凡退に抑えたあと、その裏にチャンスで戸郷に打席が回ってきましたが、原監督はなぜか代打を送らなかったのです。

8回を安心して任せられるセットアッパーがいない、そんな苦しいチーム状況を示していますが、戸郷はこの「続投要請」に「粘りのピッチング」でしっかり応えてみせました。

1死一・二塁のピンチも、平田を併殺打に仕留め、8回を6安打1失点で降板。9回は守護神・大勢が締めて逃げ切り、戸郷は11勝目を挙げました。巨人にとってもCS争いに踏み止まる大きな1勝でした。

また、この試合で11奪三振を記録した戸郷は、これで今季123奪三振となり、4奪三振に止まった髙橋(108個)に大きな差を付けました。25日現在、奪三振数リーグ2位のヤクルト・高橋奎二(113個)に10個差。残り試合はヤクルトの方が多いのでまだまだわかりませんが、奪三振王のタイトルに一歩前進したゲームでもありました。

『打球が転がると何かが起きる。だから三振へのこだわりはある』

~『時事通信』2022年8月25日配信記事 より(戸郷のコメント)

最多勝争いでもトップの阪神・青柳(12勝)へ1勝差に迫り、2冠の可能性も出てきた戸郷。しかしタイトルよりも大事なのは、チームを浮上させることです。残り試合、自分の「粘り」がチーム全体に伝わることを祈って、戸郷はレギュラーシーズン終盤のマウンドに臨みます。

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