「観客の存在を力に変えて」バドミントン世界女王・山口茜の原動力
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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、日本開催の国際大会で2週連続優勝を飾ったバドミントン女子シングルスの世界女王、山口茜にまつわるエピソードを紹介する。
8月下旬に初の日本開催、“東京決戦”として話題を集めたバドミントンの世界選手権。この大会で日本が獲得したメダルは3つ。そのなかで、唯一の金メダルを獲得したのが女子シングルスで大会連覇を飾った山口茜だ。
決勝では東京オリンピックの金メダリスト、中国の陳雨菲と対戦。「前回女王」と「五輪女王」という、これ以上ない形で行われた頂上対決で山口はゲーム立ち上がりから主導権を握り、第1ゲームを21対12で先取。五輪女王もこのままでは引き下がらず、第2ゲームを奪われて勝負は最終第3ゲームへ。山口はこの第3ゲーム、序盤で7連続ポイントを奪って勢いに乗ると、その後も多彩なショットと粘り強いレシーブでポイントを重ね、21対14。ゲームカウント2対1で大会連覇を達成。世界選手権のこの種目で日本選手が連覇するのは史上初の快挙だった。
その余韻もさめやらぬまま、今度は大阪を舞台に行われた国際大会、ジャパンオープンへ。過去には2013年、大会史上最年少となる16歳で初優勝を飾り、前回(2019年)も優勝している縁起のいい大会でまたも決勝に進出。世界選手権の準決勝で撃破した韓国選手を寄せ付けず、ストレート勝ちで“2週連続国際大会連覇”という偉業を成し遂げた。
東京と大阪、2つの大会で最高の結果を手にした山口茜がそれぞれの優勝スピーチで印象深く語った言葉がある。それが「観客へ向けた言葉」だった。世界選手権では「グッとくるものがあった」という言葉とともに、応援への感謝を次のようにコメントしている。
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『今回はお客さんもいて、たくさん応援していただいたというのがすごく力になったし、前向きな姿勢でいられる要因になったと思います』
『試合が終わって、観客席を見た時にすごくうれしかったですし、こうやって皆さんに喜んでもらえたりするのが、うれしいことだなと思いました』
~『バドミントン スピリット』2022年8月28日配信記事 より
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そして、翌週のジャパンオープン優勝後のインタビューでは、ジュニア世代へのメッセージも。
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『最大限の5試合をできたことが、まずよかったなと思います。その中で、今大会はよいプレーもたくさん出せたと思うので、楽しんでもらえていたら一番いいなと思います。ジュニアの子たちにも、何か感じてもらえるものがあったらいいなと思います』
~『バドミントン スピリット』2022年9月4日配信記事 より
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山口茜がこれほど「応援」「観客」への意識を持つ背景には、去年(2021年)・一昨年に経験した2つの出来事が想起できる。2020年といえばコロナ禍に加えて、練習拠点のある熊本が豪雨災害に見舞われるなど、まさにバドミントンどころではない非常事態ばかり。そんななか、ラケットをスコップに持ち替え、泥運びなどのボランティアに励んだ山口は、地元住民から「いつも応援してるよ」と何度も声をかけられ、逆に励まされたという。
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『大変な中でも応援してくれる人がたくさんいた。いろんな形で応えていきたいとより感じた1年だった』
~『西日本スポーツ』2020年12月27日配信記事 より
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そしてもう1つは1年前、“無観客”での開催となった東京五輪。大会を前にしたインタビューでは、無観客だからこそ“応援してくれる人”を意識したプレーをしたいと、こんな言葉を残していた。
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「大変な人がたくさんいる中で自分たちがバドミントンをやる意味ややる上でどういうものを届けられるかだと思う。結果はもちろん大切だけど応援してくれる人や試合を見てくださる人に元気や『明日頑張ろう』と思ってもらえるようなプレーをお見せできたら、自分たちがやる意味があるんじゃないかと思っています」
~『スポーツ報知』2021年7月8日配信記事 より
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もっとも、こうした決意で臨んだ東京五輪はベスト8で敗退。バドミントンファンへ、そして第二の故郷・熊本の人たちへの感謝の思いをメダルという形で示したかっただけに、今回の「日本開催」「有観客の大会」となった世界選手権とジャパンオープンには並々ならぬ決意があったことは想像に難くない。
そんな重圧のなかで手に入れた「日本の観客の前で2週連続優勝」という最高の結実。手にしたものが大きいからこそ、このあとに迎える束の間のオフに何が欲しいか、という質問にはこう切り返している。
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『最近は欲しいもの、やりたいことが本当になくて困っているので、何かオススメしていただけるとうれしいです』
~『バドミントン スピリット』2022年9月4日配信記事 より
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こんな無欲の言葉が返ってくるところもまた、山口茜らしさなのかも知れない。