偉大な父の意志を受け継いだ福永祐一の成長曲線と“家族物語”
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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は超難関の調教師試験に一発合格を果たした上、合格発表の当週の重賞レース・カペラSでは自身の区切りとなるJRA重賞通算160勝を達成と、競馬界の話題を独占する福永祐一騎手にまつわるエピソードを紹介する。
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『自分の勉強したいことだし、苦じゃなかったよ。しんどいとかはなかった』
『人生は1度しかないからね。自分のやりたいことをやらないと』
~『日刊スポーツ』2022年12月8日配信記事 より
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その吉報は競馬ファンを大いに驚かせると同時に、大きな期待を抱かせるものでした。12月8日、JRAは「2023年度新規調教師免許試験」合格者を発表。そのなかには騎手デビュー27年目、いまや誰もが認めるトップジョッキー・福永祐一の名前があったのです。
毎年100人前後が受験する調教師免許試験ですが、合格者は10人程度。合格率はわずか10%程度と言われる“超難関”試験に見事、1回目の受験で合格。その陰には、家族の支えがありました。
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『安堵と寂しさと、未来への希望と、でもさみしさと、でも安心と…
色んな気持ちが織り混ざって
気持ちが込み上げすぎて
気が緩むと思いが溢れます
2022年は、受験生がいる福永家でした
本当に、本当に…おめでとう
子供たちも「パパ、おべんきょう」と理解しながら、手が足りない時もいい子にしてくれました』~松尾翠オフィシャルインスタグラム(2022年12月8日投稿)より
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福永騎手の妻でフリーアナウンサーの松尾翠は、合格の報を受けて「祐一さん、調教師試験に合格しました」と自身のSNSを更新。そのなかでは、遊びたい盛りの子どもたちも協力してくれたことを告白しています。
ハッシュタグの「#ゆーいち #次へ #全力応援」からは、家族みんなで受験生となった父を応援する、微笑ましい「福永家」の風景が目に浮かびます。
「福永祐一と家族」といえば、どうしても引き合いに出さなければならないエピソードがあります。
いまから50年以上も前の日本競馬界には、「天才」の名を欲しいままにした騎手がいました。その名は福永洋一。いまでも伝説のジョッキーとして語り継がれる洋一騎手こそ、祐一騎手の実の父親です。
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『福永洋一という偉大な騎手がいたからこそ、この世界に入り、たくさんの人がサポートしてくれた。無事に勤め上げて良い報告ができたら』
~『中日スポーツ』2022年12月8日配信記事 より
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騎手の勝利数を争うリーディングでは、1970年から9年連続最多勝を獲得。76年春の天皇賞ではエリモジョージで大逃げを決めるなど、歴史に残る数々の名騎乗を残した父・洋一騎手。
希代の天才騎手に悲劇が襲ったのは、1979年3月4日。落馬事故に巻き込まれ、頭蓋骨陥没など致命的な大怪我を負って、その騎手人生は断たれてしまいました。
騎手という職業柄、落馬によるケガはつきもの。しかし父の悲劇を知りながら、それでもジョッキーを夢見た祐一少年。猛反対する母・裕美子さんを押し切って、その道に進むことを決意します。
そして父の落馬事故から16年後の1996年。事故からわずか2日違いの3月2日、まるで父と入れ替わるかのようにターフに姿を現した福永騎手。
デビュー当日は2連勝を飾るなど、順風満帆にみえた騎手家業をスタートさせた3年目の1998年には、すべてのホースマンが目指す憧れの大舞台・日本ダービー出走のチャンスを得ます。
しかし結果は14着と大敗。その重圧に押しつぶされた当時21歳の若者は、レース前から顔面蒼白。頭が真っ白になって、思うように馬を操れなかったと言います。
ときは流れて20年後。2018年のダービーでワグネリアンに騎乗した福永騎手は、19回目の挑戦で初のダービージョッキーの座を掴みます。
偉大な父も成し得なかった悲願達成後は、あれだけ勝てなかったダービーを20年にはコントレイルで、翌21年にはシャフリヤールで連覇。今年(2022年)も含めた過去5年のダービーで3度も優勝するまでに成長した陰には、ここでも家族の支えがありました。
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「どんなに考え込んでもダービーを勝てない。だからニュートラルな気持ちでやることにした。ずっと使命感を持ってやってきたけど、今年の初めに妻から『もう背負わないでいいんじゃない? もう少し自分のためにやってみたら』と言われてね。それから好き勝手に自由にやって、ようやくいい状態になったんです」
~『東スポ競馬』2022年8月12日配信記事 より(※2018年のダービーを振り返って)
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人気を背負っての出走や、その重圧に対してなかなか結果が出せないことに悩んでいた福永騎手。「もう少し自分のためにやってみたら?」という、2013年に結婚した最愛の妻の一言で、気持ちが楽になったと告白しています。
先日11日の中山競馬場で行われたカペラS(G3)では、2番人気・リメイクに騎乗。3コーナーから捲りを決めて、怒濤の末脚で圧勝。余裕のあったゴール前では、馬に気を抜かせないよう見せムチを繰り出すなど、馬の特徴を知り尽くしているからこその好騎乗を見せてくれました。
この勝利で今年98勝目をマーク。年間100勝は確実視されており、13年連続年間100勝のJRA史上最長記録は達成目前。騎手として円熟期を迎えた途中での現役引退を惜しむ声もあります。
それでも、騎手としての勇姿は来年(2023年)2月まで。3月からは調教師として新たなステージに立つホースマン・福永祐一。これからは騎手家業とは勝手が違う、福永祐一調教師として東奔西走する忙しい日々が続くでしょう。
しかし新たな挑戦を支える家族がいれば、どんな困難にも負けることはないはず。
そして「福永厩舎」開業こそ、父・洋一騎手の夢の続きを実現することでもあり、デビュー以来、落馬事故や大怪我に対して心配をかけ続けた母・裕美子さんを安心させることでもあります。
父、母、そして最愛の妻と子どもたち。福永騎手の家族を想う気持ちがあれば、その成長曲線はまだまだ無限大と言えそうです。