「演出が劣化」 青学大・原監督が「駅伝の見せ方」に一石を投じた理由

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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は箱根駅伝で青山学院大学を率いる原晋監督が語った「駅伝の演出」にまつわるエピソードを紹介する。

「演出が劣化」 青学大・原監督が「駅伝の見せ方」に一石を投じた理由

【第99回箱根駅伝】インタビューに応じる青山学院大・原晋監督=2023年1月3日 東京都千代田区 写真提供:産経新聞社

今年(2023年)も熱戦が展開された、正月の風物詩・箱根駅伝。結果は、往路・復路をともに制した駒澤大が完全Vで2年ぶりに王座を奪回し、大学駅伝3冠(出雲・全日本・箱根)を達成。一方、連覇を目指した青山学院大は3位に終わりました。

青学大は、当初5区に予定していた選手が当日朝に体調不良を訴え、メンバーを直前に変更。駅伝ではメンバーの急な変更はよくあることですが、山の上り下りをする5区・6区を走った選手がともに失速。対照的に、駒澤大はこの2区間に起用した1年生が快走し、そのままトップを保って総合優勝。箱根駅伝名物の「山」が明暗を分けたことになります。

9区で青学大の岸本大紀(4年)が8位から5人をゴボウ抜きし、順位を一気に3位まで上げたのはさすがでしたが、全区間で10人がタイムを落とさず走った駒澤大の総合力に軍配が上がりました。レース後、退任を表明した大八木弘明監督の手腕も光った大会でした。

ところで、今年は3年ぶりに沿道での観戦がOKになった箱根駅伝。賑やかさが戻ってきましたが、今回気になったのは、青学大・原晋監督が大会終了後に語ったこの言葉です。

『日本の駅伝文化は勝ち負けではなく沿道ののぼり旗、大学の応援団を含めて駅伝だと思う。(規制で)だんだん駅伝文化がなくなり、見てる人が楽しくなくなる。現場サイドでは記録を上げて立派な対決になってるけど、演出部分で劣化してることに対して、僕は非常に不満ですね』

~『東スポWEB』2023年1月4日配信記事 より

原監督はかねてから、箱根駅伝だけでなく、実業団対抗の「ニューイヤー駅伝」に対しても「クラブチーム参加を認めたり、統一予選会を行うなどの改革が必要」と提言しています。なぜ原監督は、駅伝にもっと「魅せる工夫」が必要だと力説するのでしょうか?

それは世間にもっと、陸上の長距離競技やマラソンに目を向けて欲しいからに他なりません。「自分も陸上をやりたい」と憧れる少年少女たちが増えれば、それがひいては有望な才能の出現につながり、オリンピックでメダルを獲れる選手の発掘にもつながる、という考えです。

原監督は青学大のOBではありませんし、箱根駅伝を走った経験もありません。中京大時代も目立った成績は残せず、実業団の中国電力では監督と衝突、引退しています。しかし社員として中国電力に残り、営業マンとして結果を出して新規事業立ち上げにも関わった原監督。青学大の監督に就任したのは、取引先の青学大OB(原監督の高校の後輩)の紹介でした。

そんなバックグラウンドを持ち、外の世界も知る原監督が一貫して目指すのは「陸上の世界の古い枠組みを壊し、より夢のある陸上界をつくること」です。「出たがり」と批判されてもマスコミに積極的に露出し、「演出が劣化している」と辛口発言をするのは、そういう論議をして欲しいからでもあります。

箱根駅伝の演出については、1987年にテレビ中継が始まったときから、いろいろと論議があります。「バラエティ化して伝統を壊すな」という意見がその1つ。中継担当の日本テレビがタレントのレポーターを一切排除しているのは、そういう意見を尊重しているからでもあります。

筆者も、いわゆる「過度なTV的演出」は不要という意見ですが、中継所でタスキを渡すところは、もう少々何か盛り上がる演出があってもいいのでは、とも思います。選手に対する監督の声掛けも、顔込みでもっとクリアに聞こえたら面白いのに、とも。そのあたり、走る側、映す側、観る側が意見を出し合い、もっと具体的な論議をするいい機会かも知れません。

というのも、来年(2024年)の箱根駅伝は、第100回の記念大会になるからです。第100回大会では、予選会の参加資格が全国の大学に広げられ、勝ち抜けば関東以外の大学も憧れの箱根路を走ることができます(第101回以降どうするかは未定)。

現実的な話をすると、昨年(2022年)11月に行われた全日本大学駅伝では、関東地区以外の最上位校は16位の関西学院大でした。正直、関東地区以外の大学が本大会に出場することはあっても、優勝争いに絡む可能性は低いでしょう。

ですが、原監督は以前から「100回記念だけでなく、今後も全国の大学が予選会に参加できるようにして欲しい」と提唱しています。現状のルールだと、関東の大学に在籍していないと箱根駅伝に出場できないため、優秀な高校生ランナーの進学先が関東の大学に偏る、という現象が起きているからです。門戸を広げることで、地方の才能をすくい上げることができ、それが日本の陸上界全体のレベルアップにつながる、というのが原監督の持論です。

「箱根駅伝はそもそも関東の大学のための大会。全国化するのはおかしい」という意見もありますが、ここでちょっと、箱根駅伝の成り立ちについて触れておきましょう。このレースを発案したのは、NHK大河ドラマ『いだてん』の主人公にもなった「日本マラソン界の父」こと、金栗四三氏です。

金栗氏は1912年、ストックホルム五輪にマラソン代表として出場。日本人初のオリンピック選手となりました。「オリンピックでメダルを狙える長距離ランナーを育てるためには、駅伝が最適」と考えた金栗氏。1919年のある日、陸上関係者と話しているときに「世界をアッと言わせる、スケールの大きい駅伝をやろう」と盛り上がり、浮かんだアイデアが「アメリカ大陸横断駅伝」でした。

スタートがサンフランシスコで、アリゾナ砂漠→ロッキー山脈→アメリカ中部を越え、ゴールがニューヨークという壮大なレースで、金栗氏はさっそく報知新聞に話を持ち込んで、大会実現に動きます。

まずは予選会を行おう、ということになり「アメリカの厳しい自然のなかを走るのだから、予選会も険しいコースで行うべき」と選ばれたコースが、山越えのある東京~箱根間でした。1920年2月、出場選手選考会には早稲田大・慶應大・明治大・東京高等師範学校(現在の筑波大学)が参加。ただ当時は10人のメンバーを揃えるだけでも大変だったようで、出場は4校にとどまりました。

審判長の金栗氏がスタートの号砲を鳴らし、予選会がスタート。実はこれが、100年以上にわたって続く「箱根駅伝」の歴史の出発点なのです。「アメリカ大陸横断駅伝」は結局、実現しませんでしたが、箱根駅伝のそもそもの趣旨は「オリンピック選手を生み出すため」であり「世間が注目すること」を目標に始まったことは、この大会のあり方を論議する上で念頭に置くべきでしょう。

原監督は、この「金栗イズム」をしっかりと継承しています。青学大、明治大、中央大、法政大、立教大の5校による「MARCH対抗戦」を企画し、2021年に第1回大会を開催。「MARCH」は各校の頭文字を取ったものです。大会の趣旨について、原監督はこう語っています。

『競技人口の減少が叫ばれるなか、エンターテインメント性の高い試合を通して、陸上の魅力を感じてもらいたい』

~『読売新聞オンライン』2021年11月24日配信記事 より

この大会、東京・町田市の町田GIONスタジアムで、各大学の選手が10000mを走るもので、上位10人の合計タイムを競います。箱根駅伝の前哨戦になっているだけでなく、ABEMAでの中継も行われ、各校の応援団やチアリーダーも参加。大会を盛り上げました。カラフルな照明やドローンを使った映像も流すなど「陸上を“魅せる”」ことにこだわっているのが大きなポイント。その思いは、約100年前の金栗氏とまったく同じです。

昨年(2022年)11月に第2回が開催され、青学大が2連覇を飾りました。参加校のレベルアップにもつながり、立教大が55年ぶりの箱根駅伝出場を勝ち取るという成果も生まれています。もはや国民的行事となった箱根駅伝を、どうバージョンアップしていくか。それは日本のスポーツの在り方にも、大きく関わっているのです。

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