中国「偵察気球」の戦略的価値が大きい「2つの理由」
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青山学院大学客員教授でキヤノングローバル戦略研究所主任研究員の峯村健司が2月17日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。米本土上空を飛行した中国の偵察気球の問題について解説した。
レーダーで発見しづらい中国の偵察気球
飯田)2月頭にアメリカが中国の偵察気球を発見し、撃墜しました。その後、さらに撃墜の話が出てきています。
峯村)気球と言われると、最初は皆さん牧歌的なイメージがあったと思うのですが、実は戦略的な価値が大きいものなのです。2つ理由があります。1つはレーダーで発見しづらいことです。先日、米軍のある方と意見交換したのですが、レーダーで見るとホコリやゴミのようにしか映らないそうです。
飯田)「点」どころか。
峯村)発見できたとしても、気球であるかどうかを確認するのが難しいのです。
飯田)もう一つの価値は何でしょうか。
高高度を飛来するので撃墜が難しい
峯村)2つ目は、意外と高いところを通るということです。いま日本でも撃墜する話が出ていますが、アメリカで気球を撃墜したのは最も能力が高いF22戦闘機です。
飯田)F22でした。
峯村)あの気球はかなり高いところにいるので、言うは易しですが、実は撃墜するのは簡単ではない。中国はよく考えたなと思います。
飯田)高度2万メートルぐらいのところを飛んでいました。
峯村)そうですね。
飯田)20キロぐらいのところ。飛行機はせいぜい3万フィート(約10キロ)ですから、倍ぐらい高いところを飛んでいる。
峯村)自衛隊の持つF15などでも行けるのですが、空気が薄くなるのでパイロットへの負荷やコストも掛かります。数を多く飛ばされた場合はさらに対処は難しくなります。
最初の気球は台湾へ飛ばしたものがコースを外れて米国内に入ってしまった ~中国のミス
峯村)先日米軍関係者とも意見交換をしました。最初に撃墜された気球はスパイ衛星で、中国の海南島からアメリカの偵察機が追いかけてきた。この気球は、中国側が言っているように規定のコースから外れて米本土まで飛来したようです。中国軍のスパイ気球であることは間違いないのですが、米軍の分析ではコースを外れたことは本当のようです。
飯田)コースを外れてアメリカ国内に入ってきた。
峯村)中国はいま、台湾周辺へ次々に偵察気球を飛ばしているのです。台湾軍の方に話を聞くと、月に何回も飛んできている状況らしいです。この日は風が強かったので煽られて上空に行き、アメリカの方に行ってしまったのではないかということが、ルートから考えられるそうです。
飯田)通常であれば、台湾上空を通ったあとに洋上に落ちるというような。
峯村)おそらく米軍のグアム基地あたりまで偵察するつもりだったのでしょう。それが風にあおられて米本土までとんでしまった。おそらく中国側のミスだろうと思います。
ブリンケン国務長官を中国に招いて米中関係を改善しようとしていた外交部 ~それが気球の誤飛行で吹き飛んでしまった
峯村)習近平指導部にとって、このタイミングでわざわざアメリカに飛ばす意味はありません。米中関係が悪い状況なので、ブリンケン国務長官を中国に招いて改善しようとしたタイミングでした。
飯田)1月末~2月にかけての情勢は、まさにそれでしたよね。2月6日辺りにブリンケン氏が北京を訪問することが確定的に報じられていました。
峯村)それが結局、この1つの気球によって吹き飛んでしまったわけです。
軍と外交部の連携ができていないために起きた中国の戦略的なミス
峯村)先ほどの米軍関係者は「明らかに戦略的なミスである」と言っています。現在の中国は基本的に「習近平一強体制」なので、習近平氏がすべての政策決定を下しているといってもいいでしょう。「習近平氏はスパイ気球のことを知らなかったのではないか」という専門家もいますが、そんなことはあり得ません。
飯田)あり得ない。
峯村)しかも軍のオペレーションは習氏がトップを務める中央軍事委員会が取り仕切っているので、知らないわけがありません。ただ、まさかこのタイミングで台湾周辺に飛ばしたものがアメリカに行ってしまうとは思ってもいなかった。
飯田)アメリカ国内に行くとは。
峯村)あとは、「気球をいつ飛ばすか」という細かいスケジュールは縦割り状況になっているので、おそらく軍と外交部の連携がまったくできていなかったのでしょう。それが先の米軍関係者が指摘する大きな戦略的ミスだと思います。
飯田)気球のなかに自爆装置的なものが付いているという説もありましたが、いかがですか?
峯村)でも、今回は起動できなかったようです。
飯田)台湾からアラスカ上空付近を通って南下するコースを辿ったと考えると、時間的な余裕があったのではないかと素人的には思うのですが。
峯村)ありますよね。自爆装置が故障していたのかもしれません。
あとの3つの気球については「中国籍の証拠なし」としたバイデン大統領 ~1つ目の気球撃墜もためらっていたバイデン政権
飯田)10日~12日にアメリカやカナダの領空で撃墜した3つの気球については、16日に「中国から飛来してきた証拠はない」とバイデン大統領が述べています。最初に飛来した大きいものに関しては中国だと言いましたが、それ以外の3つに関しては民間の可能性が高いと。
峯村)その3つについては、当初から中国軍とは関係ないだろうと見ていました。
飯田)関係ないとわかっていても落としたのは、能力を見せるためですか?
峯村)ホワイトハウス高官は「飛行機の安全を脅かす恐れがあった」と撃墜した理由としています。さらに、いまはこういう時期ですから。1個目のときも、バイデン政権は撃墜することをためらっていました。しかし共和党のトランプ氏をはじめ、「弱腰だ!」と叩かれたので、「早めにやっておこう」と撃墜したのだと推測できます。
米本土を狙った気球に対する米国民の怒りは収まらない
飯田)「3つの気球は中国からではないかも知れない」としたのは、中国に対して「君たちの主張もある程度は認めるよ」というメッセージにも読めるのですが、いかがですか?
峯村)バイデン氏自身は、習近平さんとの個人的な関係をまだ強調しているらしいのです。
飯田)そうなのですね。習近平氏が副主席時代に、副大統領と副主席でカウンターパートだったという話がありますね。
峯村)ホワイトハウスの人間が言うことには、「俺は世界のなかで最も習近平と長い時間個人的に話して、習近平を最もよくわかっているリーダーだ」というのがバイデンの口癖らしいです。バイデンさん個人としては関係を改善したいのでしょうが、アメリカの世論やテレビの報道を見ても、アメリカ人は今回のことに怒っています。
飯田)気球がアメリカ本土を飛来したことに。
峯村)アメリカの人たちは、本土を攻撃された経験がいままでなかったのです。それこそ前回は旧日本軍が放った風船爆弾ぐらいです。1万個ぐらい放たれて、いくつかが西海岸の都市に落ちている。
飯田)西海岸に。
峯村)あのときも相当な怒りが起こったのです。「我が国の本土が狙われた」という衝撃は今回も大きいので、アメリカの世論は収まらないのではないかと思います。
飯田)そうすると米中の間は今後、より対立的な関係になる。
台湾有事の際、鍵となるのは日本 ~米軍が出撃するのは在日米軍基地しかない
飯田)きょう(17日)の日経新聞の一面に海兵隊トップのインタビューが載っていましたが、日本からも弾薬の融通を受けながら対処していくしかないという話が出ていますね。
峯村)米シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)が先日発表した、台湾有事のウォーゲームも含めてですが。
飯田)シミュレーション。
峯村)鍵は日本なのです。「巻き込まれる、巻き込まれない」というようなことを話している方がいますが、日本の意思とは関係なく、自動的に日本は当事者になります。米軍が出撃するのはどこかと言ったら、在日米軍基地しかないわけですから。
日本は「巻き込まれたくない」などとは言っていられない
峯村)グアムなどもありますが、弾薬などを含めたキャパシティが足りないので、日本にある米軍基地が使えなくなれば終わりです。そうなると事前協議もありますので、日本が「使ってください」と言うことが大前提なのです。
飯田)台湾有事の際。
峯村)日本の意思とは関係なく、米軍はどんどんオペレーションを進めていくでしょう。これに対して中国側としても、米軍に基地を使わせないために、日本に対していろいろな圧力を掛けてくるでしょう。究極的には、ミサイルを使って在日米軍基地を攻撃することも考えられます。
飯田)台湾の専門家が、情報交錯の部分もインタビューに答えていましたが、「中国側の理解者をつくり、理解者を代弁者として世論を変えていく」というやり方をしてくると。「そういえばどこかの国でもよく見るよなぁ」と感じます。
峯村)本当に代弁者と思われる人が多いですよね。
飯田)巻き込まれ論などというのは。
峯村)完全にそうでしょうね。「これは昔、中国のシンクタンクの人が言っていたのでは?」という内容と同じセリフを言っている方が、日本にの専門家にもいらっしゃいます。どういう意図かはわかりませんが、これは「巻き込まれるな」とかいう話ではないわけです。
AIによって流暢な日本語や台湾の言葉で、SNSでのインフルエンスオペレーションが巧みに
峯村)インフルエンスオペレーション(誘導工作)が非常に巧みになってきています。台湾で問題になっているのは、若者が使っているTikTokなどの投げ銭ですね。投げ銭に中国が関与しているのではないかということです。中国に好意的な発言をすると、投げ銭がどんどん増えていく。
飯田)なるほど。
峯村)気付かずに「大陸にとっていいことを言うと(投げ銭が)増えていく」と思ってしまえば、自然にインフルエンサーたちも「中国にいいようなことを言う」という状況になりつつあるようです。そのあたりの事情は聞いている方もわからないので、「中国っていいのでは?」という雰囲気が形成されているようです。
飯田)台湾と中国だと使っている漢字は違うけれども、喋っているとほぼ変わらないですよね。
峯村)昔は中国のインフルエンスオペレーションは非常に雑にやっていて、台湾で使われている文字ではなく、中国で使われている簡体字で書き込みされていたため、我々が見てもすぐにわかったのです。しかし、いまは本当に巧みにやっています。日本でも、私に送られるフェイスブック(FB)の申請なども上手な日本語でくるので、判別が難しくなっています。
飯田)いまは人工知能(AI)を使った「ChatGPT(チャットGPT)」などが進んでいて、流暢な日本語が書けてしまうという話があります。
峯村)見分けるのが厳しくなってきますね。10年前はとんでもなかった。
飯田)「てにをは」が違うような。
峯村)漢字も全然違っていて、一目で「怪しい」というのがわかったのですが、いまは見抜くのが大変ですよね。
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