給料が上がらないのは「円安」のせいではない
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第一生命経済研究所・首席エコノミストの永濱利廣が3月23日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。円安の方が給料が上がる経済の仕組みについて解説した。
なぜ給料が上がらないのか
いままで通り頑張っているのに、なぜ豊かになれないのか。あらゆるものの価格が上がっているのに、なぜ給料が上がっていかないのか……。
飯田)永濱さんのご著書『給料が上がらないのは、円安のせいですか?』の帯には「違います」と書かれていますけれども、「悪い円安論」のようなことがよく言われます。
永濱)「違います」の答えは、「アベノミクス以前の円高のせいで給料が上がらない」というのが正解です。
飯田)「円高」と言うと、「円が高く評価されている。素晴らしいではないか」などと言う人がいます。
円安の方が給料が上がる ~マクロ経済学の常識
永濱)象徴的だったのは、ファーストリテイリングが最大4割賃上げしたことでした。ファーストリテイリングはグローバル展開しているので、国際比較で日本の従業員の給料が安すぎたため、国際標準にしたのです。それであれだけ上がった。
飯田)他国の従業員に比べて、日本の給料が低すぎたから。
永濱)円安がむしろ賃金のプラス要素になっているのです。今回、自動車産業も春闘で満額回答しています。コロナで苦しく、半導体がなくて自動車がつくれない状況なのに、なぜ賃上げできるのかと言うと、円安でもうけが出ているからです。むしろ円安の方が給料が上がる。それはマクロ経済学の常識です。
飯田)確かに日本円で同じ金額のままだと、ドル換算したときに、円安であれば目減りしてしまうわけですよね。(給料を)上げないと同じレベルにならない。
円高はいいものではない
永濱)さらに言えば、円高になると輸入品は安くなりますが、海外の方が安くなってしまうので、輸入が増えてしまい、国内でつくったものが売れないではないですか。
飯田)そうですよね。
永濱)海外から輸入したものは、払った部分の相当額が海外に出て行くことになります。ただ今回のように、さすがに150円超えの円安となると、円安でダメージを受けてしまう業種もあります。そこは行きすぎかも知れませんが、「円高の方がいいか」と言うと、そうではないということです。
円安の場合は国の税収も為替の影響で増える ~円安を維持しながら、税収が増えた分、円安で困っている人を支援する
飯田)一時期150円を超えるという展開になったとき、「これでは商売できない」という人たちが、ことさらメディアで取り上げられていました。実はその裏で輸出関連の企業が大きな利益を出していたという話ですよね。
永濱)その意味では、円安だと国の税収も為替の影響を受けて増えるのです。行きすぎた円安の望ましい対応は、金融引き締めで円高にすることではありません。むしろ為替介入してもいいので、円安は維持する。税収がその分入るわけですから、円安で困っている人を支援するのが望ましい政策です。岸田政権も若干、やってはいますけれども。
円安下で構造的に食料やエネルギーの自給率を上げる政策も重要 ~半導体も含めて総合的に行う
飯田)物価高対策として、低所得世帯に3万円を給付する話が出ています。しかし、円安でエネルギー価格なども影響を受けているけれど、それだけではないという話ですよね。
永濱)いろいろ議論があるかも知れませんが、ずっと給付で支援することはできません。そういう意味では、構造的に食料やエネルギーの自給率を上げる政策も重要です。原発が動いている関西電力と九州電力の電気料金は、安いではないですか。
飯田)如実に変わりましたものね。
永濱)そこから考えると、そういう分野も重要だと思います。あとは食料自給率を上げるための規制緩和や農地法の改正など、総合的に対応することが円安下では重要なのではないでしょうか。
飯田)食料自給率を上げるための政策が。
永濱)円安だけでなく、根底では戦争が起きたことで商品市況そのものが上がってしまったのが、そもそもの発端です。残念ながら日本は自給率が低いので、いかに自給率を上げるのか。それは半導体も含めてです。
生産拠点の国内回帰や外資系企業の誘致をもっと大胆に行うべき
飯田)自給率を高めるためには、当然ながら、誰かがリスクを取って投資しなければいけない。
永濱)そういう意味では、岸田政権も生産拠点の国内回帰や外資系企業の誘致をもっと大胆に行ってもいいと思います。TSMCを初めとして、少しずつ動いてはいますが。
飯田)円高の時期を思い返してみると、リーマンショックの前後くらいだったと思いますが、日本にあった工場でものをつくって輸出するとコストが高くなってしまうため、工場を海外に移したではないですか。逆に、円安になったら戻すことはできないものなのですか?
永濱)戻すことはできます。過去のデータを見ても、為替が円安に振れたときは海外生産比率が下がるのです。
飯田)円安になれば。
永濱)ただ、円安になってすぐに工場を戻すのは難しい。時間が掛かります。過去の経験則だと、2年くらいタイムラグがあるのです。去年(2022年)、あれだけ円安が進んだということは、既に動き始めているところもありますが、来年くらいには国内回帰がより活発になるかも知れない。それが地方経済を潤す要因になるのではないかと期待しています。
優遇や支援によって企業の国内回帰を促進する
飯田)既に補助金の部分で経産省などが後押しをしていますが、かつてジョージ・W・ブッシュ大統領の時代にアメリカは大減税しましたよね。
永濱)レパトリ減税ですね。
飯田)期間限定で、いま国内に戻ってきたら減税するというような。ああいうやり方はどうですか?
永濱)日本の場合、そもそも国内に戻すのにそれほど税金が掛からないので、他の側面からになるかも知れませんが、優遇や支援によって国内に戻すのが手っ取り早いと思います。
有力外資系企業を国内に誘致したり、生産拠点を国内回帰して人材を流動化することが重要 ~景気のいいTSMC熊本工場の周り
永濱)TSMC熊本工場の周りを視察しましたが、とても景気がいいですからね。家が足りない、お店が足りない、学校が足りないという状況で、近隣の地価も上がっています。
飯田)そうなのですね。
永濱)教育も変わっていて、熊本大学に新しく半導体学科ができ、九州中の高専で半導体教育の拡充が行われています。そのため、TSMCが採用する人材の収入が熊本県の平均収入より4割も高いのです。
飯田)4割も。
永濱)人材争奪戦で賃上げも進んでいます。岸田政権がやろうとしている賃上げやリスキリングが、TSMCが入ってきただけで勝手に起こっているのです。賃上げ優遇税制などを進めるのであれば、もっと国内に企業の生産拠点を戻す方向へ力を入れた方がいいと思います。
飯田)リスキリングや教育拡充については、「そもそも、その先でどこに就職できるかという展望がなかったら、学生たちは来ないのだよ」と大学の先生も言われます。
永濱)いま働いている人も「リスキリングで資格を取りました。でも仕事は変わりません」となったら、意味がありません。スキルを活かして、いかに待遇のいいところに職を移すことができるかを考えないと、賃金が上がりません。そういう状況をつくるには、「外圧」と私は言っていますけれど、有力外資系企業を国内に誘致したり、生産拠点を国内回帰させて、もっと人材を流動化することが重要ではないかと思います。
TSMCを誘致したことで熊本だけでなく、九州全体に波及効果が起きている
飯田)TSMCを誘致したことで、熊本だけではなく九州全体の教育が変わるなど、波及効果が大きいですね。
永濱)先日、鹿児島に行って驚いたのですが、熊本の賃上げの影響が鹿児島にも波及しているのです。長崎でも諫早市にソニーと京セラの工場ができる予定です。長崎にはIRもあるのですが、そこでも同じような感じで人材争奪戦が起こっている。それで「賃上げせざるを得ない」と企業経営者が悲鳴を上げていました。
飯田)企業経営者は悲鳴を上げますけれども、働いている人にすれば嬉しい悲鳴ですよね。そういう景気のいい話を各地で展開したいです。
九州では東京よりも4割電気料金が安い
永濱)もう1つ重要なことは、九州は電気料金が安いのです。
飯田)安定供給ですし。
永濱)東京電力管内に比べて4割くらい安いのではないでしょうか。
飯田)コストが4割違うと、経営者にとってはまったく別の世界ですよね。
永濱)住んでいる人も同じです。東京に住んでいると月平均で約9000円以上の電気料金が、関西や九州に住んでいれば5000円くらいで済みますから。ぜんぜん違います。
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