話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は3月22日、第5回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で日本を3大会ぶりの世界一に導いた侍ジャパン・栗山英樹監督の「プロデュース力」にまつわるエピソードを紹介する。
まだ余韻が醒めやらない、侍ジャパンのWBC制覇。エンゼルスの同僚である大谷翔平とマイク・トラウトが出場する意向を示したとき「決勝が日米決戦になって、9回に大谷が抑えで登板。トラウトから三振を奪って優勝が決まったら最高だよな!」と、ふと妄想した野球ファンも多いのではないでしょうか。
普通は、そんな画に描いたように都合のいい出来事は起きないものですが、何と、それが現実になったのです! 「マンガを超えている」「まるでファンタジーの世界」という声も肯けます。
思えば、今回のWBC、3月20日の準決勝・メキシコ戦で村上宗隆が打ったサヨナラ復活打もそうですが、マンガを超えるできすぎのストーリーが多々ありました。なぜこうもドラマティックに事が運んだのでしょうか?
あえてこういう言い方をしますが、栗山英樹監督の「キャスティング力」に依るところも大きかったように思います。最大の目玉・大谷翔平は、前回故障で代表を辞退した経緯もあり、本人の強い意向があっての出場でしたが、エンゼルスが出場に難色を示す可能性があったのもまた事実です。
日本ハム時代の恩師であり、二刀流の生みの親でもある栗山監督が指揮官だったことは、起用法を心配するエンゼルスにとって1つの安心材料にもなりました。大谷にとっても「栗山監督がつくるチームなら」と、出場への大きなあと押しになったのは間違いなく、事実こう語っています。
『自分のことを知ってくれている。(出場を)決断する容易さは栗山さんだったからこそ』
~『東京新聞 TOKYO Web』2023年3月22日配信記事 より
また今回、大谷と並んでチームの核になったのがダルビッシュ有(パドレス)です。2月17日、メジャー勢では唯一、宮崎合宿初日から参加。「ダルビッシュ塾」が話題になるなど、大谷らメジャー勢が合流するまでの間、いい形で侍ジャパンに世間の目を集め、国内組とのつなぎ役になってくれました。
日本ハムのエースだったダルビッシュは2012年1月、ポスティングシステムを利用してレンジャーズと契約。メジャーに移籍しました。この年から日本ハムの指揮を執った栗山監督とはちょうど入れ違いになりましたので、大谷のような「師弟関係」はありません。
ではなぜダルビッシュは、第3回・第4回と出場を見送ったWBCに14年ぶりに参加したのでしょうか? 栗山監督が直々に、アメリカまで交渉に行ったからです。今回、栗山監督の最大のファインプレーはこの「ダル説得」だったと思います。口説き文句は、これもまた名フレーズでした。
『人生で1度でいいから先発メンバー表にダルビッシュの名前を書かせてくれ』
~『東京新聞 TOKYO Web』2023年3月22日配信記事 より
クールな理論派でもありますが、意気に感じるタイプでもあるダルビッシュの心は、この一言で大きく動きました。なぜ栗山監督が、ダルビッシュ招集にこだわったのか? それは彼が、日本が前回優勝した第2回大会の胴上げ投手だったからに他なりません。
栗山監督は今回、あえて20代の若いメンバーを中心にチームを編成しました。出場を希望していた田中将大(楽天)のように、メジャー経験もあるベテランを選ばなかったのは「できるだけ若い世代にこの大舞台を経験させ、歴史を次につなげていきたい」という意図があったからです。
ただ、国際試合の経験が少ない若手主体のチームにはベテランの力も必要。となると、メジャー移籍後も日本の若手たちに大きな影響力を持ち、WBC優勝経験もあるダルビッシュは、栗山監督にとって欠かせないパーツでした。
ダルビッシュの出場は、第2回WBC優勝を10歳前後で観た若手選手たちにとっては「物語のなかの人」と同じチームで野球ができる夢のような機会です。さらに、メジャーで磨かれた高い技術を直接吸収できるまたとない機会。侍ジャパンを覆っていた高揚感はそこから生まれ、大谷があとから合流したことでさらに増幅されたのです。若手選手たちにとっては、まるで野球マンガのなかで試合をしているような、そんな感覚だったのではないでしょうか。
ヌートバーの招集については、以前このコラムでも触れましたし、何度も報じられていますのでここでは割愛しますが、彼を呼んだことは、栗山監督が「WBCとは、そもそも何のために開催されているのか?」を強く意識していた証しでもあります。そう、野球をもっと世界に普及させ、その魅力をアピールすることがこの大会の最大目標なのです。ヌートバーは、野球文化の広がりを世界に示す格好の存在でした。
野球は世界的に見ると、五輪の正式種目から2度も除外されたように「一部の国でしか盛んではないマイナースポーツ」です。社会がどんどんグローバルになっている現在、世界的な広がりのない競技は、若い世代には見向きもされなくなります。日本でも野球人口は減っていますし、実力さえあれば10代でも海外の有力クラブに行けるサッカーの方に人材が奪われるのも無理のないところ。WBCが創設されたのは、そんな危機感も背景にあるのです。
ダルビッシュも大谷もそういう危機感が根底にあり、栗山監督も同じ思いを共有しているからこそ「君の力を貸してくれないか」という言葉に心動いたのだと思います。子どもたちの心を動かすには「物語」が必要で、物語をつくるには「役者」が必要。優れた役者を揃えるには「ぜひ共演したい」と誰もが思うスターをまずブッキングすること……とある演劇プロデューサーが言っていましたが、今回の侍ジャパンは、まさに栗山英樹プロデュースの「劇団」でした。
WBC期間中、ダルビッシュと大谷の振る舞いを振り返ってみると、勝ち負けの前に、彼らが「野球ってこんなに面白いスポーツなんだぞ!」と体を張って魅力を伝えようとしていたことがよくわかると思います。そんな名優たちによって、新たな「物語」が生まれ、その物語が次の世代のスターをつくっていくのです。
今回、WBC準決勝、決勝の劇的なゲームを観て感動し、さっそく野球を始めた子どもたちも多いと聞きます。そのなかに将来の村上宗隆、佐々木朗希がいるかも知れません。ダルビッシュと大谷をまず口説き、いち早く出場を明言させた栗山監督のプロデュース力が、今回の最大の勝因だったと思います。栗山監督、素晴らしいステージをありがとうございました&お疲れ様でした!
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