話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、ラグビーW杯フランス大会で初戦勝利を飾った日本代表のアマト・ファカタヴァと下川甲嗣にまつわるエピソードを紹介する。
前回大会に並ぶ決勝トーナメント進出、さらには“優勝”へ……。ラグビーW杯の大事な初戦に挑んだ日本代表は、大会初出場のチリを42対12で下し、白星発進を飾った。
大会前のテストマッチ6連戦が1勝5敗。しかも、ハンドリングエラーやキックミスなど、同じようなミスが多かった点を含めて不安視する声は少なくなかった。また、大会初戦直前にはキャプテン姫野和樹の負傷欠場が発表される事態に。さまざまな不安要素を抱えていただけに、改めて今回のW杯に勢いを生む上でも大事な1勝となったのではないだろうか。
その勝利を振り返る上で、ぜひとも触れておきたいのが2人の“遅れて代表入りした戦士たち”。チリ戦ではロックとして先発出場したアマト・ファカタヴァ(リコーブラックラムズ東京)と、フランカーで先発の下川甲嗣(東京サントリーサンゴリアス)だ。
2人はともに当初発表された代表33人のなかに名前はなく、バックアップ要員として大会直前合宿地のイタリア遠征に帯同。開幕まで11日に迫った8月28日、他の選手のコンディション不良に伴い、急遽代表入り。勢いそのままに初戦の先発にも名を連ねたのだ。
ファカタヴァはもともと、夏に日本国内で開催されたテストマッチ5戦すべてに先発出場するなど、大きな期待を集めていた選手だ。ところが、国内最終戦となった8月5日のフィジー戦で足首を痛め、33枠の代表入りを逃す形に。それだけに、よく間に合ってくれた、と言った方がいいかも知れない。
迎えたW杯初戦。開始6分でチリに先制トライを許し、ファンが抱いたであろう「大丈夫か!?」という心配を払拭するかのように、わずか2分後に同点のトライを決めたのがファカタヴァだ。さらに、前半41分にもファカタヴァはこの日2つ目のトライを決め、見事、この試合のマン・オブ・ザ・マッチにも選出された。
一方の下川は、持ち前の運動量でボールが絡む場面に常に顔を出していた。試合前には「代表で数少ない“社員選手”が先発メンバーに抜擢」といった報道でも注目を集めた下川だったが、しっかり期待に応えた形だ。
6月から始まった代表合宿の時点で、肩書きは“日本代表候補”だった下川。練習ではいつも、対戦相手を想定して“壁役”となる日々だった。それでも、日々の練習でハードワークやフィジカルの強さをアピールし、国内最終戦となった8月5日のフィジー戦でようやくチャンスをもらってメンバー入り。このフィジー戦を筆者も現地で取材したが、試合に敗れたなかでも下川の運動量は際立っていた。
フィジーとの試合後に下川に話を聞くと、返ってきたのは「どんな少ないチャンスでも活かしたい、逃したくない」というハングリーさに満ちた内容だった。
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「立場は微妙かも知れないですけど、いつ怪我人が出るかもわからないし、何が起こるかわからないと思ってずっと合宿に参加してきました。出場機会を得られずに悔しい思いはありましたけど、家族は『必ずチャンスは来るから頑張れ』とメッセージをくれて、それは励みになりました。きょうは全部出し切る思いでした。やるべきことはできたと思います」
~2023年8月5日、日本対フィジー戦後の下川甲嗣の言葉
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実際、試合後の会見ではジェイミー・ジョセフ ヘッドコーチも下川を名指しで高く評価したほど。だからこそ、当初の33枠に入れなくてもバックアップメンバーとしてチームに帯同することに。そこでもハングリーさを失わず、懸命のアピールを続けたからこそ、逆転での代表入り、そして初戦先発の座を掴むことができたのだろう。
振り返れば今年(2023年)の春先、下川は調子を落とし、所属先のサンゴリアスでも試合メンバーから外れることが続いていた。それでも、練習後の下川に話を聞けば、出てくるのは「もっと伸ばしていきたい」「まだまだ成長の余地はありますから」という言葉ばかり。苦しい状況でも下を向かず、自分自身を鼓舞し続けるその不屈の精神は、まさに日本代表に欠かせない武器となった。
ちなみに、下川は福岡県出身で大の福岡ソフトバンクホークスファン。なかでも、“憧れの選手”として語るのがパ・リーグ最年長のベテラン、42歳の和田毅だ。チームで試合メンバーにも入れなかった4月、偶然にもドキュメンタリー番組『情熱大陸』で和田が特集され、下川は大きなモチベーションをもらっていた。
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「あれだけの大ベテランにもかかわらず、いまも大きな壁や波にぶつかって、ちゃんと乗り越えている。40歳を過ぎても第一線で活躍している姿を見て改めて尊敬しましたし、勉強になりました」
~2023年4月、下川甲嗣の言葉
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不屈の男の精神性が、プロ野球界の不屈の男から来ているとすれば、なかなか感慨深い。
兎にも角にも、初戦でしっかり勝利と勝ち点を挙げた日本代表。次の第2戦は、過去の対戦成績が10戦全敗という世界的強豪イングランドとの大一番だ。チリ戦で手にした自信をもとに、2015年W杯の南アフリカ戦、2019年W杯のアイルランド戦同様、“歴史的勝利”を目指して欲しい。