昨今のアナログ盤ブームで、改めて注目されているのが歌謡曲のレコード(ドーナツ盤)。
デジタル音源より音に厚みがあり、またCDでは味わえないジャケットの大きさも魅力の一つ。
あえて「当時の盤で聴きたい」と中古盤店を巡りレコードを集めている平成世代も増えているようです。
そんなアナタのためにドーナツ盤ハンター・チャッピー加藤が「ぜひ手元に置きたい一枚」をアーティスト別・ジャンル別にご紹介していきます。
これまでこの連載では、アーティスト別に「持っておきたい一枚」をご紹介してきましたが、もう一つ別な切り口として「レーベル別に見る」という方法があります。かつての米国・モータウンレーベルのように、レーベル自体が一つのジャンルになった例もありますが、日本にも「誰もやっていない、新しいロック・ポップスを創ろう」という志を持った個性的なアーティストや制作者が集い、新たなムーブメントを興したレーベルがありました。ソニー傘下のレーベル「Epicソニー」です。
同じソニー系列でも、CBSソニーが王道路線だとすれば、Epicソニーにはオルタナティヴというか、型にとらわれない個性的なアーティストが揃っていました。TM NETWORK、大沢誉志幸、BARBEE BOYS、大江千里、一風堂、ラッツ&スター、小比類巻かほる、THE STREET SLIDERS…あ、そうそう、渡辺満里奈もいました(笑)。こうして並べてみると、「ああ、なるほど」という共通点を感じていただけるんじゃないでしょうか?
今回はそのEpicソニー所属アーティストの中から、日本の音楽シーン全体に大きな影響を与えた3人の持っておきたい一枚をご紹介していきましょう。
【その①】・・・『My Revolution』渡辺美里(1986)
今でこそ女性アイドルが普通にロックを歌う時代ですが、30年ほど前は「アイドル歌手」と「ロックアーティスト」の垣根は厳然として存在していました。そんな中、本来はアイドルの登竜門だった「ミス・セブンティーンコンテスト」でEPOを歌い審査員を唸らせたのが、当時まだ10代だった渡辺美里です。
ボイトレで鍛え上げた歌唱力を認められ、コンテストの共同主催者であるソニーと契約した彼女が所属したのは、Epicでした。Epicがひそかに狙っていた「ロックアイドルを創る」という難易度の高いミッションは、渡辺美里の出現によって、いとも簡単にクリアされたのです。
ただし売るとなると、話はまた別。1年目のレコードセールスは低迷しましたが、デビュー2年目の86年1月、TM NETWORKでEpicからデビューしたばかりの小室哲哉が曲を書き下ろし、ドラマタイアップもあって初のオリコン1位を獲得。実は小室にとって、他のアーティストに曲を提供したのはこれが初めてのことで、作曲家として大きな自信になったといいます。
当時まだ駆け出しだった新進女性作詞家・川村真澄を起用したのもEpicらしいところで、芯の強い美里のキャラクターを歌詞に反映させる上で吉と出ました。彼女の活躍が、その後のガールズロック隆盛に果たした役割は大きく、新しい才能を集めて、新しい音楽を創っていきたいというEpicのポリシーがもっとも反映された曲だと思います。…ただ、この顔面大アップジャケットには面食らいましたが(笑)。300円前後で入手可能です。
ードは急速にCDへとって代わるのですが、昭和の残り香が漂う歴史的資料としても持っておきたい一枚です。100円〜300円で手に入りますので、ぜひ。
【その②】・・・『Out Of Blue』岡村靖幸(1986)
Epicソニーの歴史を語る上で絶対に外せない一人が、“靖幸ちゃん”こと天才・岡村靖幸です。90年リリースの変態的名盤『家庭教師』はマストで聴くべきアルバム。聴いたことがない方は今すぐ聴いてください。
この曲は、記念すべきメジャーデビュー曲ですが、もともと彼は曲作りの才能を買われ、19歳のときに作曲家デビュー。渡辺美里『My Revolution』のB面曲『みつめていたい』も靖幸作品です。
アーティストデビューすることになったのは、美里のレコーディングに参加した際、休憩時間にキレッキレのダンスを踊っていたところをプロデューサーに認められたから、という有名な伝説がありますが、目端の利くEpic関係者のこと、最初から「彼、アーティストでもイケるよ」という方針で囲っていたのだと思います。この曲も才能のほとばしりを感じさせる作品で、ドコを見ているんだか分からない虚ろな目も、素敵すぎます。
その後いろいろありましたが、31年経った今も変わらず変態性を発揮してくれているのは嬉しい限り。ライヴ会場に行くと驚くのは、Epic時代をリアルタイムで知らない10代・20代の若いファンが大勢いることです。「プリンスの亜流」と言う人もいますが、ただの亜流ならこの現象は起きません。ある意味、唯一無二のアーティストばかりを抱えていたEpicを象徴する存在だったと思います。本作、レア盤のため最低でも1,500円以上しますが、Epicレーベルをコレクションするならマストで持っておきたい一枚です。
【その③】・・・『アンジェリーナ』佐野元春(1980)
「ミスターEpicソニーは誰か?」というアンケートを取ったら、たぶん満場一致で推されるのが佐野元春でしょう。生活費を稼ぐため、一時代理店で働いていた彼を口説き落としたのが、Epicレーベルの名プロデューサー・小坂洋二。新たに立ち上げた新興レーベルで戦っていくためには、他のレーベルにいないアーティストが必要で、小坂にとって元春は欠かせないピースでした。
これがメジャーデビュー曲ですが、畳み込むような詞の乗せ方、英語のような譜割、クールでスタイリッシュな世界観の詞…これぞ元春ワールドの原点で、これまで日本語ロックの創作に悪戦苦闘していた日本のアーティストたちは、目からウロコの衝撃を感じたはず。80年代幕開けの年に、元春がEpicからデビューしたことは、日本の音楽シーンにとって大きな意味を持つ出来事だったのです。
なお本曲には2種類のジャケットがあり、イメージが違うと差し替えられた初回盤はかなりレアなため、1万円以上で取引されています。写真のジャケットは第2版で、1stアルバム『BACK TO THE STREET』のジャケと同じ場所で撮影されたものです。こちらは頑張れば1,000円前後で入手できるかと。
※4/22(土)のニッポン放送『八木亜希子 LOVE & MELODY』(毎週土曜朝8:30〜生放送)は、歌謡曲の様々なナゾに迫るスペシャル企画「歌謡探偵アキコ」をお送りします。『My Revolution』を作詞した川村真澄さんが、歌詞にまつわる貴重な裏話を語ってくれました。「10時のグッとストーリー」でご紹介しますので、お聴き逃しなく!(放送後、『しゃベル』に文章で内容を再録します)。
【チャッピー加藤】1967年生まれ。構成作家。
幼少時に『ブルー・ライト・ヨコハマ』を聴いて以来、歌謡曲にどっぷりハマる。
ドーナツ盤をコツコツ買い集めているうちに、気付けば約5,000枚を収集。
ラジオ番組構成、コラム、DJ等を通じ、昭和歌謡の魅力を伝えるべく活動中。