病気の愛犬とシングルマザーと鹿との間に生まれた、夢のビジネス
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【ペットと一緒に vol.73】
鹿の貴重な命をムダにしたくない、愛犬を健康にしたい、シングルマザーとして収入源を確保したい……。様々な転機と思いが重なって、運命に導かれるようにして生まれた、柳場みどりさんの「シカデリカ」。その誕生秘話に、鹿をめぐる現状にも目を向けながら迫ってみたいと思います。
シンママの決断と実行力
柳場さんが起業をしたのは、2012年のこと。犬用のアクセサリーを販売する事業でした。それまでは、様々な会社で事務職をしていた柳場さん。「実は、離婚を機に、シングルマザーとして頼もしい一家の大黒柱にならなくては! と、一念発起したんです」と、起業の動機を語ります。
「山梨県の実家には2頭の愛犬も連れ戻っていたのですが、犬にかかわる仕事がしたいと、姉と一緒に開業しました」(柳場さん)。
すると、事業スタートからまもなく、思わぬ方向へと愛犬がビジネスを導いていったのだそうです。
「保護犬出身で後肢が不自由なエドくんのために、自宅前の囲いの中で昼間は日光浴や自由運動をさせていたんです。そうしたら、近所の方々がエドにおやつをくれるようになりました。犬を飼っていないのに、わざわざ犬用のジャーキーを買ってきて(笑)。みなさんからエドがかわいがられて、本当にうれしかったです」と語る柳場さんですが、ジャーキーを食べ過ぎてしまったエドくんは嘔吐や下痢を起こしてしまったのだとか。
「獣医の先生によると、通称“ジャーキー病”だそうで。添加物たっぷりで、油や原材料の質が良いとは言えないジャーキーの食べ過ぎは、人間でいえばスナック菓子ばかりを食べているような状態だそうで、犬の腎臓や肝臓や胃腸に負担をかけてしまったんです」。
そこで柳場さんが思いついたのは、みなさんに安心して与えてもらえる無添加のジャーキーを手作りすること。しかも、その原材料は、鹿肉。
「以前、実家で銃砲店を営んでいたんです。当時から付き合いのある猟師さんから、鹿肉を譲り受けて愛犬のためのジャーキーを作ってみようと思い立ちました」と、柳場さんは語ります。
鹿肉を使えば命をムダにしないで済む
柳場さんが鹿肉を選んだのには、鹿の命をムダにしたくないという思いもあるそうです。
「日本人は縄文の時代から鹿肉を食べる文化があったと言われ、以前は猟師さんが鹿を仕留めると、みんなで分け合ってありがたく食しました。ところが、近年は全国的に鹿の数が増えすぎて問題になっているんです。専業の猟師さんもいない時代なので、山から運ぶのも大変な鹿は、そのまま山中に放置されることも。その現状に、誰よりも地元の猟師さんたちが心を痛めています。『命の循環のために、鹿肉を利用できる機会があれば良いのに……』と。そこで、私が『ぜひ、犬のおやつやフードのために使ってみたいです!』と手を挙げたというわけ」(柳場さん)。
高タンパクで低カロリーな鹿肉は、実は世界的にも注目を集めている食材のひとつ。「カロリーは牛肉や豚肉の約3分の1、脂肪分は約15分の1。対して鉄分は鶏肉の約8倍、マグロの約6倍という点が、家庭犬になって運動量が落ちた現代の犬たちにもぴったり」と、柳場さんは鹿肉の魅力を教えてくださいます。
柳場さん手作りの鹿肉ジャーキーは、ご近所や犬の仲間うちで評判を呼び、クチコミで人気が高まっていったそうです。
起業から2年。気づけば犬用のアクセサリーではなく、鹿肉を使った犬ごはんの開発にすっかり目覚めていった柳場さんは、さらに、鹿肉の粗挽きミンチや鹿肉ふりかけなどの新商品もラインアップ。鹿の内蔵や、胃の内容物の栄養が取れるグリーントライプなども積極的に使用しているので、ムダにする部分はほとんどありません。
一昨年、13歳で永遠の眠りについてしまったエドくんは、最期に柳場さんの新商品開発にも力を添えてくれたとも言います。
「食欲がどんどん失われてきたとき、一口でもなにか食べて欲しいと思って、鹿の骨でじっくり出汁を取ったスープを与えてみたんです。そうしたら、喜んで口にしてくれて」と、柳場さんはうれしそうに微笑みます。
以来、同じように食欲のない犬のために、こうして冷凍のスープもラインアップに加えたそうです。
苦労を乗り越えて、愛犬も健康に
愛犬のために手探りで始めた柳場さんのビジネスでしたが、順風満帆というわけでもありませんでした。
「なにしろ、相手は家畜ではなく野生動物の鹿です。鹿の獲れない時期もあって……。でも、賛同してくださる複数の猟師さんのおかげで、今では鹿肉の安定供給も可能になりました」と、柳場さん。
こうしてビジネスが軌道に乗り始めると、山梨県内にキャンパスを置く帝京科学大学との共同開発によって、鹿肉スティックという新たなメニューを世に送り出す喜びも味わったとか。
「米粉と昆布粉とかぼちゃを練り入れたスティックなんですよ。我が家の愛犬たちも、それはもうウハウハで食いつきます(笑)」と語る柳場さんのもとには、エドくん亡きあと、同じように保護犬だったミニチュア・シュナウザーのボンちゃんがやってきました。
「ボンは少々貧弱な体で我が家にやってきたんですが、鹿肉を食べてから、後肢にもよい筋肉がついてきてすごくマッチョになりました」(柳場さん)。
さらには、メタボ犬と言われていた現在12歳の愛犬のハクちゃんも、鹿肉を食べ始めてから11kgから8kgに体重を落とすダイエットに成功したそうです。
「もう、シングルマザーとして前に進むしかないという崖っぷちからスタートした無我夢中の数年間でしたが、気づけば、20歳になった息子も手伝ってくれるようになり、鹿肉をメインに扱うようになって4年が過ぎました」と語る、柳場さん。
これからもますます、安心で安全なドッグフードを求める飼い主さんやブリーダーさん、そして日本の犬たちの笑顔を増やし続けていってくれることでしょう。
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連載情報
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ペットにまつわる様々な雑学やエピソードを紹介していきます!
著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。