イギリスの今後の動向~EU離脱時期と撤回・それぞれの可能性
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ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(1月17日放送)に国際政治学者、慶応義塾大学教授の細谷雄一が出演。イギリスのEU離脱時期について解説した。
イギリスEU離脱協定案否決で今後のシナリオは
15日のイギリス議会で離脱協定案が否決されたことを受け、野党労働党から内閣不信任案が提出された。不信任案は否決されたが、先行き不透明なメイ内閣、EU離脱、世界経済について今後のシナリオを考える。
飯田)市場の楽観的な見方をする人は、「この離脱協定案3月29日は期限になっているけれども、どうせ延びていって何も起こらない」とまで言います。細谷さんはどういうシナリオをお考えですか?
細谷)現段階でいちばん可能性が高い確実なことは、3月29日まではいかなる代替案も議会を通らないだろうということです。そうすると、自動的に「合意なき離脱」になります。これを回避するための方法は、現段階では離脱時期の延期しかありません。これはEUも認めていて、最大7月まで延びるだろうと言われています。なぜ7月かというと、5月に欧州議会選挙があるからです。当初は5月までの離脱時期延期と言われていましたが、1ヵ月ちょっと延びてもほとんど効果はないですよね。5月に選挙があって、新しい欧州議会が始まるのは7月になる。つまり7月になると、いままでいたイギリスの議員がいなくなって、新しい構成で議会がスタートする。イギリスからの欧州議会議員がいるかいないかで、全体の議員数や多数決の票数が変わってくるわけで、7月以降イギリスが抜けないとまずいので、それまでがおそらく現実的な許容範囲でしょう。
しかし、3ヵ月延びたところで、いま抱えている問題の解決はほとんどできないと思います。7月まで延びることはほとんどの人が織り込み済みなので、3月29日に大きなショックは起きないかもしれません。それ以上延ばすことは考えにくいのですが、つい先程、「1年延長も可能」、というニュースで流れてきました。これは新しい動きで、1年延ばすといろいろな動きが可能となります。しかし、そうなると延長時期の間の分担金や予算の問題などを新たに交渉しなければならなくなります。最終的には出られない、ダラダラと残るのではないかという意見が出ているわけですが、それが起こるためにはやはりイギリスの総選挙が必要になると思います。総選挙をして、労働党を中心とした連立政権が成立する可能性は高いわけではありませんが、そうなると新政権は保守党を批判して、大きく政策が転換する可能性が生じます。そのように簡単に進展するとは思えないので、3月29日に「合意なき離脱」が実施されて、大変なショックと混乱を経験することになる可能性が依然として5割以上あるのだろうと思います。
EU離脱は撤回できるのか?
飯田)EU離脱の条件を定めたリスボン条約の50条というものがあります。撤回するのもありだと言う議員もイギリスにはいますが、実際に撤回できるものなのですか?
細谷)可能ですが、EU側は一時的な時間稼ぎは認めないという立場です。「とりあえず一時撤回」というのはできないでしょう。撤回するのであれば、半永久的にEU残留の意思表明をしなければならない。いまの保守党政権には、それは不可能です。2016年6月の国民投票の結果、民主主義的にイギリスは「離脱する」と言いました。それをいまの保守党政権が覆すというのは、「民主主義の破壊」になる、ということをメイ首相は言っているわけです。撤回をするためには何らかの根拠がないといけません。2度目の国民投票か、総選挙による国民の新たな意思表示がなければ、これを首相官邸政府だけで決めるのは難しいと思います。
飯田)イギリスは首相の解散権をきつく縛っていて、基本的に任期満了しないと解散できないのですよね。
細谷)これが最大のネックになっていまして、2011年に会期を固定するという新しい法律を導入しました。日本にも首相の解散権をなくそうという動きがありますが、これはイギリス政治を見ている限りは非常に危険なことで、柔軟性を失うことによってあらゆるオプションが取れなくなっています。もしも首相の解散権があると、脅しに使ったり、あるいは問題解決のために使ったりできます。例えば、郵政民営化のときには小泉総理が解散権を使って参議院の反対を押し切って通したわけですが、それはメイ首相は使えないのです。このことがメイ首相の力を大きく削いでしまって、何もできない状態になってしまっています。2011年に解散権を封じ込めましたが、いまでも議会における3分の2の多数の要請によって、解散総選挙は可能です。これは首相の解散権ではなく、議会の解散権です。しかしながら3分の2の賛成を確保するのは大変なことなので、現時点では実現困難とみられていますよね。
飯田)その3分の2までいくにはそれこそ労働党の協力が必要で、ある意味で馴れ合い解散になるわけですね。
細谷)いまは、党内対立に加えて、保守党が思い切り右に寄って労働党は思い切り左に寄っていることからの政党間のイデオロギー対立があり、イギリス政治ではありとあらゆるところで激しい分断が見られます。そのなかで3分の2のコンセンサスを作るのは、とても難しいでしょうね。
EU離脱しても移民問題は解決しない
飯田)そもそもEU離脱に流れていった1つの理由に、移民がたくさん入って来て雇用が脅かされているんだ、という一般庶民や地方で生活の苦しい人たちの気持ちがあるように報道されています。それがいつの間にかEU離脱という大きな話になってしまっているような気がします。
細谷)もともとイギリスは移民が多く、キャメロン首相は1年間の移民受け入れの上限を「10万人」にすると言いました。ところが、実際には毎年「30万人」以上流入しています。これが受け入れられないというのが、かなり広いイギリス国民の認識です。しかし移民は必ずしもEUだけでなく、EU域外からも来るわけですよね。アメリカを見てもわかる通り、EU加盟国であろうがなかろうが、移民は入って来ます。英米両国では、失業率がヨーロッパ大陸よりも比較的低い。経済状況も悪くない。他方で、格差が広がっているのは、グローバリゼーションの大きな影響ですので、EUを離脱してもこの流れは大きくは変わらないと思います。いろいろ問題があるとイギリス国民が認識しているとは思うのですが、そのための処方箋としてEU離脱というのは、間違った回答を提示してしまったと思います。
飯田)クリアカットな答えは魅力的に映るけれど、どこかに影があるということですね。
細谷)この大きな影響を受けて、ジャガーは4,500人を解雇することを発表しました。これから雪崩のようにどんどん企業が解雇を増やしてくると思います。もともとは、EUを離脱すれば全て上手くいくと思っていた。そのバラ色のシナリオが崩れて、反対にイギリスのGDPは離脱によって7%~8%縮小すると言われています。そして更には生産拠点もどんどん大陸に移っていくので、失業も増えていく可能性があります。バラ色のシナリオを想像して投票した人たちにとっては、全く真逆の結果になってしまいます。実は、このような悲惨な見通しというシナリオを利用しようとメイ首相は考えているのでしょう。すなわちこれほどまでひどいことになるのだったら、「合意なき離脱」は回避して、政府案を選ぶべきだと考えるはずだと、メイ首相の政府案の支持へと誘導しようとしているのでしょうね。
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