小泉進次郎議員の結婚会見に見るメディア・コミュニケーション力
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フリーアナウンサーの柿崎元子による、メディアとコミュニケーションを中心とするコラム「メディアリテラシー」。今回はコミュニケーションにおける段取りついて---
コミュニケーションの段取り
コミュニケーション力を必要とする場面として交渉、説明、説得、会議、プレゼンテーションなどがあげられます。皆さんはこれらを成功に導くために段取りを考えて行動していますか。思い通りの結果につなげるためには詳細に段取りを考えなければなりません。例えば交渉の場面。こちらの希望を何としても通すために話術で導こうとしても無理があります。交渉は情報戦です。まず相手の希望をしっかりと聞き、分析することが重要です。その上で相互にwin-winとなる着地点をイメージする。いわば妥協点を探る。そのポイントに向かっていかに主体的に話を進めることができるかが、交渉の手腕と言えるのです。それは瞬間、瞬間のコミュニケーションの段取りを予想することだと私は思っています。
自民党代議士の小泉進次郎さんとフリーアナウンサーの滝川クリステルさんの結婚会見はコミュニケーションの段取りをしっかり押さえた点で成功しました。勝ち負けがあるとすればメディアは完敗したと言えます。
用意周到だったコミュニケーションの達人
8月7日午後1時過ぎ。「小泉進次郎衆議院議員と滝川クリステルさんが結婚」の驚きの見出しが携帯電話を通して目に飛び込んできました。そして午後3時にはNHKの動画ニュースサイトで二人の記者会見がLIVEで流れてきました。このような情報はSNSを通してあっと言う間に広がります。
会見はホテルなどではなく首相官邸で行われました。しかも“ぶらさがり”と言われる官邸記者とのQ&Aでした。進次郎氏サイドとしては、たまたま報告に来た時に官邸にいた記者に善意で答えるという体での会見。しかし戦略としては実に見事でした。なぜならこのぶらさがり会見で“全て”が完結したからです。
二人は有名人であるが故に「発表の場」が必要でした。そして周到に発表の段取りを考えたと思われます。関係者に迷惑をかけずに正確な情報を伝えるためにはどうしたらよいか、最もメディアが満足する方法は何か、自分たちのプライベートを守るにはどうするか。様々な視点で戦略を練ったと思われます。誰が、いつ、どこで、誰に対して話すか、発表したあとの展開はどうするか、記者の質問はどんなものが飛びそうか、それにどう答えるかなど、可能な限り予想していたと思います。ご存知のように二人はコミュニケーションの達人であり、経験値もあります。かなりの詳細まで考えていたと考えられます。
戦略1 官邸での会見
では戦略を紐解きましょう。最初の注目点は会見の場になった首相官邸です。
進次郎氏は「いろいろ考えたらきょうしかなかった」や「官房長官に電話したらアポが取れた」「総理にもたまたま会えて報告できた」などラッキーな偶然が重なったことを強調していました。しかし恐らく官房長官や総理の協力を得てスケジュールが決まったと思われます。官邸はセキュリティーシステムが万全であり、メディアの政治部記者が集まります。官邸に詰めている記者は、社会部のように突っ込んで質問することは稀です。話を主体的にしっかり聞くことを仕事とし、総理などの声を確実に届けることが彼らの仕事ですから、言いたいことは確実に伝わります。また、政治がらみの情報はメディアの中でも序列が高く、扱いの格が一気にあがります。これらをうまく利用して会見は、あらゆる情報番組でトップ級となりました。ぶらさがり会見の時間は10分強。放送しやすい長さでした。
戦略2 地元へのあいさつ
次の注目ポイントは横須賀会見の意味です。官邸に入れなかった記者は夜には進次郎氏の横須賀の自宅に集まりました。2回目の会見の場を“自宅”に移したことで雰囲気は、一気にプライベート色が強くなりました。つまり最初に、官邸で善意のサービス会見をしているため、2度目の重要度が下がり、これによって長い個人インタビューや華々しい会見はなくなったのです。ニュースバリューはぐっと低くなり、“話題”の域を出ないものとなりました。横須賀での会見の目的は、地元へのあいさつです。政治家である以上、応援してくれる地元をないがしろにするわけにはいきません。集まっている地元の皆さんにしっかりあいさつができれば他にプラスアルファの情報をオープンにする必要はありません。実際に二人のコメントは官邸での話の繰り返しばかりでほとんど何も答えていません。答えたくないことは「それはいいんじゃないですか」とさらりと交わしていたという印象です。時間は20分で終了しました。
俳優の兄の存在
もう一つのポイントは兄 小泉孝太郎さんの存在です。俳優の小泉孝太郎さんは同じ日の夕方、芸能リポーターを集めてドラマのスタジオで会見しました。「なんでも聞いてください」と口火を切ったお兄さんは、“知っていること”を丁寧に話されました。特別な立場の人たちとは言え、兄がここまで詳細に知っているのかと思えるほどペラペラ話しました。私の推理では、プライベートなことは孝太郎さんが話す作戦だったと思います。芸能レポーターに強く、どんな風に答えればどう報道されるかなど熟知している孝太郎さんに、回答する役目を任せたのです。例えば「お互いを何と呼び合っているのですか」との質問には、「進次郎はしんちゃん、クリステルさんは…日本名がありますから、それで。ごめんなさい、それを公表しているかわかりませんので僕からは…」と話しました。これは…準備していましたよね。このようなプライベートな内容は、お兄さんを通すことで自分たちは答えない選択ができます。いかがでしょう。しっかり練られた戦略が見えてきませんか。
メッセージは伝わった
メディアとのコミュニケーションとその後ろにいる視聴者=有権者に見事にメッセージを届けた進次郎氏。“劇場”と表現したメディアもあったようですが、コミュニケーションの段取りは完璧でした。大騒ぎから数日が経って思うのは「よくわからないけどいいんじゃない」という感覚です。これは自然に余韻を残して情報が消えていくよいパターンです。小泉進次郎氏は、うまく醸成できたこのよい“気”を今後どう使っていくのか注目したいと思います。
連載情報
柿崎元子のメディアリテラシー
1万人にインタビューした話し方のプロがコミュニケーションのポイントを発信
著者:柿崎元子フリーアナウンサー
テレビ東京、NHKでキャスターを務めたあと、通信社ブルームバーグで企業経営者を中心にのべ1万人にインタビューした実績を持つ。また30年のアナウンサーの経験から、人によって話し方の苦手意識にはある種の法則があることを発見し、伝え方に悩む人向けにパーソナルレッスンやコンサルティングを行なっている。ニッポン放送では週1のニュースデスクを担当。明治学院大学社会学部講師、東京工芸大学芸術学部講師。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修士
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