EU離脱~イギリスを待ち受ける“これだけの困難”
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ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(1月29日放送)に慶応義塾大学法学部教授・国際政治学者の細谷雄一が出演。31日に正式に承認されるイギリスのEU離脱について解説した。
イギリス、31日にEUを離脱へ
EUは29日、欧州議会の本会議でイギリスの離脱協定案を承認する見通しである。承認されればイギリスは31日をもってEUを離脱する。
飯田)イギリスのEU離脱ですが、3度の延長を経て31日、正式に離脱となります。日本時間では2月1日朝8時の出来事となる予定です。
EUとの合意~9割の交渉はこれからという“ミッション・インポッシブル”
細谷)ここまで3年半以上の時間がかかり、混乱したわけですが、実は重要な貿易協定は決まっていません。全体のなかで1割くらいしかEUとの合意は到達しておらず、残りの9割くらいの交渉はこれからです。大変な交渉になります。移行期間の11ヵ月で終わらせなければなりません。これはミッション・インポッシブル、不可能です。これからが本当に大変な時期で、これをどう乗り切るかが非常に注目されるところだと思います。
飯田)貿易1つとっても、いままでEUに任せていた分も各国と協定を結ばなければなりませんよね。
細谷)EUは自由貿易協定だけでなく、いろいろな合意をつくっています。全部でだいたい1000くらいあるとされています。これが今年(2020年)の12月31日にすべて失効します。そのなかでも日本にとって重要なのが、2019年2月に発効した日本とEUとのEPA、経済連携協定です。これが失効すると、イギリスとの間でいきなり税が上がります。これを何としてでも避けたいけれど、日本との貿易協定を年内に妥結する可能性は極めて低いです。そうすると来年(2021年)になってから、大変な混乱が起こる可能性があります。まだまだ不確定要因が多いですし、これからが本当のいばらの道だと思います。
飯田)1回は延長できるというのもありましたよね。
細谷)そうですね。6月までにイギリス政府が通告しますと、延長が可能です。ところが年末に離脱合意の協定案を通したとき、2021年1月以降の延期はしないということを、法案に書いてしまいました。自ら選択肢を捨ててしまった。これにはイギリスのなかでも驚きと批判がありまして、誰が見ても年内に貿易協定はまとまりません。そうすると来年の1月1日から、合意なき離脱で大変な混乱に入る可能性が高い。不安なところです。
WTOのルールも適応されず、すべて新しいものをつくらなければならない
飯田)何にもなしで決まらずに行くと、WTOのルールが適応されるという形になりますか?
細谷)離脱してもWTOルールでの合意があればいいと言うのですが、現状はありません。WTOができたときに前身のGATTがありましたが、イギリスはEUのなかにありました。だからイギリスはWTOに、ある意味では直接適応していません。EUのなかで加盟国として適応していましたから。すべてが手探りで新しくつくらなければいけないということで、日本を含めた他国との貿易協定もそうですが、これをすべて年内にやるということは難しいです。
イギリスの外交のアイデンティティとして大きな転換期に
飯田)イギリスはもともと帝国でヨーロッパとは一線を画しつつ、という国でした。これがヨーロッパ全体、地政学的な意味で影響はありますか?
細谷)1948年、戦後初期にウィンストン・チャーチル元首相が新しく駐米大使に就く外交官に、これからのイギリスの外交目標として、イギリスは帝国からもアメリカからもヨーロッパからも出てはいけない、この3つのサークルのなかに常に入っていなければならないと語っています。ところがいま、帝国というサークルはなくなりました。アメリカとの関係も5Gをめぐって摩擦が生じています。5Gで中国のファーウェイを入れるなという圧力を、アメリカは同盟国にかけています。日本もおそらく導入しないと思います。しかしイギリスはファーウェイ導入を決めてしまいました。わざわざアメリカの閣僚が説得しにイギリスへ行ったにもかかわらず、それを無視して中国のファーウェイに入るということで、トランプ政権はイギリスに対して非常に怒っています。そしてEUからも離脱します。そうすると、3つのサークルすべてから出てしまいます。かつてチャーチル氏が言ったような「3つのサークルに入っていなければいけない」という伝統を壊す、イギリスの外交のアイデンティティとして大きな転換期になります。
飯田)日本人の印象として、イギリスは外交巧者というイメージがありますが、そういうノウハウは失われているのですか?
EUとアメリカの貿易協定のどちらかの基準を選ばなければならない
細谷)日本はイギリスに対して高い評価と期待があると思いますが、3つのサークルで言うと、日本はTPPにも入っている。EUとの間でも日EUのEPAがあり、アメリカとも日米貿易協定があります。すべて日本が交渉を上手くまとめて着地させました。ところがイギリスは、すべてから出てしまいました。イギリスはEUとの貿易協定を結びながら、アメリカとも貿易交渉をしなければなりません。アメリカとEUのシステムは異なりますから、両方が自分たちのシステムを受け入れられない限り、貿易協定をつくらないと言っています。そうすると2択で、どちらかを選ばなければなりません。アメリカの基準に合わせるとEUとの貿易協定が難航します。EUは何度も公正な競争条件を受け入れると。これを英語でレベル・プレイングフィールドと言いますが、EUが環境問題や税制や労働条件、政府の補助金など、さまざまな基準をつくっています。これを無視したら、EUとの間でレベルの高いFTA(自由貿易協定)はつくれないということです。アメリカは自分に合わせろと言うので、どちらかに合わせなければなりません。ちなみにEUとの貿易は50%であるのに対して、アメリカとの貿易は16~17%です。圧倒的にEUの方が大きいのです。このなかでイギリスがアメリカに近づくとなると、イギリス経済にとって長期的に大きなマイナスになる可能性があります。
飯田)経済も地政学的な要因に絡んで来てしまうと。
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