話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、プロ野球の「ランニング満塁ホームラン」にまつわるエピソードを取り上げる。
子どものころから半世紀近く、プロ野球のさまざまな名場面を球場で生観戦して来た筆者ですが、いまなお脳裏に焼き付いて離れない強烈なシーンがあります。あれは43年前、ちょうどいまごろのことでした。
1977年5月14日、ナゴヤ球場(中日の旧本拠地)で行われた中日-巨人戦。実家が球場のそばだった筆者は、小学校の友達と満員のライトスタンドでこの試合を観戦していました。3-2と中日が1点リードして迎えた7回ウラ、中日はラッキーセブンに二死満塁と絶好のチャンスをつくります。巨人・長嶋茂雄監督は、ピッチャーを西本聖にスイッチ。
ここで打席に立ったのが、ウィリー・デービスでした。デービスはこの年、サンディエゴ・パドレスから中日に移籍。来日前のメジャー通算安打が2547安打(後に安打数を加算、通算2561安打で引退)、通算盗塁数が397という超大物メジャーリーガーでした。
入団が決まったとき「何でこんなメジャーの大物が、ドラゴンズに来てくれるんだろう?」と不思議に思いましたが、この試合の時点で37歳だったデービス。「トシだから日本に来たのかな?」と当時は思っていたのですが、別の理由を後で知ることになります。
……試合の話に戻りましょう。このとき、筆者が友人たちと話していたのは「こっち(ライトスタンド)にボールが飛んで来んかな?」。つまり満塁ホームランを期待していたのですが、「そんな都合よく行かんだろ!」「そうだなー」と話していたそのとき、本当に飛んで来たのです、打球が!
デービスは2ストライクから、西本の3球目を振り抜くと、ライナー性の打球はグングン伸びて、われわれが陣取るライト方向へ。右翼・二宮至は背走しながらジャンプして捕球を試みましたが、打球はその上をかすめ、フェンスを直撃。大きくグラウンドに跳ね返りました。竜ファンで埋まったライトスタンドはお祭り騒ぎ。満塁の走者一掃は確実でしたが、驚いたのはその後です。
「おいおい、デービスが止まらんがね!」……ダイヤモンド1周13秒台の俊足を誇るデービスは、打球がフェンスに当たった時点ですでに二塁付近にいたのですが、そこからさらに加速。三塁を蹴って、ヘルメットを飛ばしながら、迷わずホームへ突進したのです。その瞬間、ライトスタンドにいた全員が「ウォーッ!」と驚嘆の声を上げました。返球が来る前に、デービスはホームを駆け抜け、まさかまさかの「ランニング満塁ホームラン」に!
ナゴヤ球場は、三塁打もめったに出ない球場でしたが、そんな狭いグラウンドでのランニング本塁打。しかも、滑り込みもせず「スタンディング」での達成です。あのとき、長いストライドでダイヤモンドを駆け抜けるデービスの姿は、43年経ったいまも忘れられませんし、以後これを上回るプレーには出会っていません。名古屋弁で言うならば、本当に「どえらいもんを見てまった」であり、あの場に居合わせたことは一生の宝でもあります。
ところでデービスですが、中日に在籍したのは、この1977年だけでした。ファンには人気がありましたが、実はメジャー在籍時からたびたび球団やチームメイトとトラブルを起こし、球団を転々。日本にやって来たのは「厄介払い」されたことも理由でした。
中日でも、与那嶺要監督ら首脳陣と衝突。8月に故障でデービスが離脱した際、チームの成績が急上昇したこともあり、「彼がいるメリットより、チームの雰囲気が悪くなるデメリットの方が大きい」と、1年限りで自由契約となりました。翌1978年、デービスはクラウン(現・西武)でプレーしましたが、ここも1年で退団。帰国してメジャーに復帰しています。
ところで、打力と走力だけでなく、運もなければ達成できないこの「ランニング満塁ホームラン」ですが、プロ野球の長い歴史のなかで、達成されたのは過去7度だけです。デービスは史上4人目で、その後3人の選手が記録していますが、誰だか覚えていますか?
5人目は、後に西武監督となる田辺徳雄(西武)が1989年7月に日本ハム戦(東京ドーム)で達成。6人目は高木大成(西武)で、くしくも先輩・田辺とカードも同じ、東京ドームの日本ハム戦で1997年4月に記録しています。7人目は、1999年8月に打った侍ジャパン前監督・小久保裕紀(ダイエー)で、これも日本ハム戦でした。こちらは福岡ドームでしたが、ファイターズもとんだ災難です。
小久保が最後に打ってから21年、今世紀はまだ出ていない「ランニング満塁ホームラン」。ランニング本塁打が年に数本しか出なくなったいま、かなり難しい記録であることは確かですが、球場は昔より広くなっているのですから、脚に自信のある選手はぜひ狙ってほしいものです。43年ぶりに、あのデービスのような韋駄天をグラウンドで観られたら……と願って止みません。