楽天・涌井 開幕6連勝支えた新球“こやシン”の本家は?

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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、8月5日のソフトバンク戦で開幕から無キズの6連勝を飾った、楽天イーグルス・涌井秀章投手にまつわるエピソードを取り上げる。

楽天・涌井 開幕6連勝支えた新球“こやシン”の本家は?

【プロ野球楽天対ソフトバンク】楽天先発の涌井秀章投手=2020年8月5日 楽天生命パーク 写真提供:産経新聞社

(1安打完封で6勝目に)「ようやく名前を覚えてもらったかな、と思っています」

人間、環境が変わると、こんなに変わるものか……と改めて教えてくれたのが、楽天・涌井です。8月5日、楽天生命パークで行われた首位攻防のソフトバンク戦に先発。2008年、北京五輪日本代表のチームメイトだった和田毅との投げ合いになりました。

勝てば首位・ソフトバンクに並ぶ大事なゲーム。開幕5連勝中の涌井は、初回から快調に飛ばします。先頭・三森を中飛に打ち取ると、続く今宮、柳田を連続三振。2回も栗原、バレンティンを連続三振と、ソフトバンクの強打者たちをナデ切りに。

3回からは一転、打たせて取るピッチングに切り替え、5回をパーフェクトに抑えた涌井。6回、髙谷に四球を与え、初めてのランナーを許しますが、続く周東、三森を内野ゴロに仕留め、この回も無得点。味方の援護をバックにノーヒットピッチングを続け、ついに9回に突入します。

何とかノーヒットノーランを阻止したいソフトバンク・工藤監督は代打攻勢に出ますが、松田宣浩は空振り三振。いよいよ大記録にあと2人……しかし、続く代打・川島慶三に144キロの真っ直ぐをセンター前へ運ばれてしまいます。

スタンドから「あ~」というため息が漏れ、楽天球団史上初のノーヒッターになり損ねた涌井ですが、冷静に今宮、柳田を連続三振に斬ってとり、ゲームセット。1安打完封で開幕から無キズの6連勝を飾り、チームをソフトバンクと並ぶ同率首位に浮上させました。

「ノーヒットノーランをやって10勝分なら全力で狙うけど、まだチャンスはあると思う。1回はやってみたいですけど、西口さんと一緒で、だいたい9回に打たれるんだろうなと」

試合後、いつものように淡々と語った涌井。「西口さん」とは、西武時代の先輩・西口文也(現・西武投手コーチ)のことです。西口は9回2死から「あと1人」でノーヒットノーランを逃すこと2回。極めつけは、9回をパーフェクトに抑えながら味方打線も点を取れず、延長10回にヒットを打たれ、完全試合を逃したこともあります。

悲運に泣いた先輩を引き合いに出し「ノーヒットノーランぐらい、その気になればいつでもできますよ」とも取れるコメントで、健在ぶりを示してみせた涌井。これでロッテ時代の2016年に10勝を挙げて以来、4年ぶりの2ケタ勝利も見えて来ました。自身4度目となる最多勝のタイトルも狙えそうで、もし獲得すれば「3球団で最多勝」(西武・ロッテ・楽天)という史上初の快挙となります。

しかし、ロッテにいた過去3年間(2017~2019年)は、5勝・7勝・3勝と低迷。昨シーズン(2019年)は若手投手の台頭に押されてローテーションを外れ、6年ぶりに規定投球回に達しませんでした。出場機会を求め、昨年オフにトレードを志願。ロッテフロントが功労者としてこれを認め、金銭トレードの形で楽天移籍が決まりました。

新天地とはいえ、トレード成立に動いた楽天・石井一久GMや、岸・浅村らは西武時代のチームメイトでもあります。彼らが溶け込みやすい環境をつくってくれたことも幸いしたのでしょう。早々とチームになじんで結果を出しました。しかし居心地のよさだけでは、ここ3年低迷していた34歳のベテランが劇的な復活を遂げることはありません。いったい、どんな変化があったのでしょう?

5日の試合後、涌井は報道陣に対して、こんなことを口にしました。「“こやシン”の名前を広めたいので、ぜひ記事にして欲しい。“こや”はひらがな。“シン”はカタカナで」……わざわざ表記まで指定して、涌井が自ら売り込んだこの“こやシン”とは、「小山伸一郎投手コーチに教わった新球・シンカー」の略です。

「(“こやシン”が持ち球に)あるとないとでは、たぶん違う。ストレートとそこまで変わらないスピードで食い込んで行くから、バッターも狙いを絞ることはなかなかできないと思う。ストライクゾーンで動いて行くから」(涌井)

5日の試合でも、全132球のうち、16球が“こやシン”でした。もともと多彩な変化球を操っていた涌井ですが、要所要所で“こやシン”を散りばめ、ソフトバンク打線を翻弄。涌井がわざわざ「記事にして欲しい」と言ったのは、この新球がそれだけ威力を発揮しているからでもあります。

涌井が新しい球種を覚えた理由は、先発完投に強いこだわりがあるからです。「30代で長いイニングを投げるためには、球数を減らすことが大事」と考え、毎年、さまざまな人に変化球の投げ方を聞いている涌井。新天地・楽天で、春季キャンプ時に教えを請うたのが、現役時代「エグいシンカー」を投げていた小山コーチでした。

小山コーチは、1996年、ドラフト1位で中日に入団。速球が売り物で、かつて郭源治がつけていた背番号「33」を与えられるなど期待されましたが、中日では在籍8年間でわずか4勝と芽が出ず、2004年オフ、発足したばかりの新球団・楽天に無償トレードで移籍。「ウチでは働き場所がないが、楽天なら貴重な戦力になれるだろう」という落合監督(当時)の配慮でもありました。

小山は移籍1年目の2005年、30試合に登板。以後、チーム事情からクローザーを務めたり、2008年から5年連続で50試合以上に登板するなど活躍し、ついに1億円プレーヤーになったのです。楽天移籍後は、名将・野村克也監督との出逢いや、中日入団時の指揮官だった恩師・星野仙一監督との再会もありました。

2013年には星野監督のもと、球団初のリーグ優勝・日本一も経験。明るいキャラクターで、現役時代から投手陣に“兄貴分”として慕われ、引退後、その統率力を買われて2016年から投手コーチに就任。「新天地で生き抜いて行くには、まず何をすべきか」「新たに出逢った人から何を学ぶか」をよく知っている小山コーチとめぐり逢えたことは、涌井にとって実に幸運だったと言えるでしょう。

ソフトバンク戦後のヒーローインタビューで、「明日(6日)、久しぶりに松井(裕樹)が投げるので、皆さん応援してあげてください!」と最後を締めくくった涌井。「彼なら陰のリーダーとしてチームを支えてくれるはず」というのが、石井GMが涌井獲得に踏み切ったもう1つの狙いなのかも知れません。

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