元ラグビー日本代表キャプテン 実業家・廣瀬俊朗~「キャプテン」という立場から見た日本ラグビー

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黒木瞳がパーソナリティを務める番組「あさナビ」(ニッポン放送)に元ラグビー日本代表キャプテンで実業家の廣瀬俊朗が出演。ラグビーを始めることになった経緯について、また日本のラグビーのあり方について語った。

廣瀬俊朗

黒木)今週のゲストは元ラグビー日本代表キャプテンで実業家の廣瀬俊朗さんです。日本代表のキャプテンとして、日本のラグビーを牽引されて来た廣瀬さんですけれども、5歳からラグビーを始められたということですが、どんなきっかけで始められたのですか?

廣瀬)生まれが大阪なのですが、大阪はラグビーが盛んなのです。地域にラグビースクールがありまして、5歳のときに無理やり親にやらされました。

黒木)でも、ずっと続けていらっしゃったわけでしょう、5歳から。

廣瀬)最初は嫌だったのですけれど、そのラグビースクールは「楽しければいい」というようなところだったので、「何かええなぁ、ここ」というような感じで、居心地がよくなってからは楽しくラグビーができました。

黒木)どんなところに楽しさや魅力があるのですか? 

廣瀬)小さいときは、友達と1つのルールのなかで頑張ろうというようなところが好きでしたし、大人になって考えると、ラグビーにはたくさんのポジションがあって、小さい人も大きい人もいますし、ちょっと太っている人もいます。すごく頭のいい人もいるけれど、語弊があるかも知れませんが、「あまり考えない人」も必要なのですよ。ものすごく大きな人たちにぶつかるではないですか。頭のいい人は、ぶつかってもいいことがないのを知っているので行きたくないのですけれど、あまり考えない人は「頼むわ」と言ったら行ってくれるのですよ。「任せろ!」みたいな。そんな人も役に立てるので、みんな活躍できるのですよね。そこがラグビーのいいところかなと思います。

黒木)なるほど。

廣瀬)自分のことを認められているというか、「ここで活躍できるな」という人がたくさん集まっているので、何かワイワイ楽しくやっているという感じですし、人との違いを認められるというような人が多いかなと思います。

黒木)所属したチームのすべてでキャプテンをされていますよね。

廣瀬)知らんけど、そんなことになったのですよね。

黒木)いまのお話を伺っただけでも、廣瀬さんがなぜキャプテンなのかというところが、少し垣間見られた気がしました。廣瀬さんに関する記事を読ませていただくと、「キャプテンとして、ブレない軸が必要である」と。キャプテンが指示をするのではなく、監督と選手の間にキャプテンがいらして、その辺りの匙加減というのでしょうか、瞬時。そこがブレない軸というところにつながるのでしょうか?

廣瀬)「監督が怖そうだな」とか「こう言ったほうが怒られないかな」ということになってしまうと、よくない方向に行ってしまうので、自分としては、「どんなチームをつくりたいか、どんな人になりたいか」というものをしっかりと持った上で、「どちらが行きたい方向なのか」という価値判断で行くとブレません。お互い、いろいろ言って来るということは、「このチームをよくしたい」という思いが根底にあると思うので、その根底をきちんと酌んで話し合いをする。そういったことをやって来たので、ある程度うまく行ったのだと思います。

黒木)「キャプテンとして対話を重要視した」とおっしゃっていますけれども、その人がどのような戦力かわかっていて、いろいろなことが考えられるということですね。

廣瀬)ラグビーは多国籍で、それぞれの選手の背景が違います。「日本人はこうだろう」というような前提が効かない人たちがたくさんいるので、そこは対話して、お互いのことを理解することはとても大事だと思います。

黒木)海外の選手の方々は大きいではないですか。

廣瀬)昔は海外の選手は大きいし、強いし早いし、経験があるしみたいな。日本人にはないものばかりを見ていたのですけれど、「小さかったら走り回ったらいい」と気付いたのです。日本人は真面目に1つ1つ積み重ねるのが得意だね、とか。

黒木)そうですね。

廣瀬)日本の選手にもいいところがあるのだなと。そこに目を向けられたのは大きかったと思います。ラグビーはぶつかり合うスポーツなので、ある程度のフィジカルは絶対に必要です。いままでの日本代表は「フィジカルをスピードで補おう」と言っていたのですけれど、エディー・ジョーンズさんという監督が「ベースの部分もある程度は鍛えよう」と言ってくださった。それも功を奏したかなと思います。

廣瀬俊朗

廣瀬俊朗(ひろせ・としあき)/実業家・元ラグビー日本代表キャプテン

■1981年生まれ。大阪府出身。
■5歳からラグビーをはじめ、高校・大学、高校日本代表・U19日本代表で活躍。
■2004年に「東芝ブレイブルーパス」に入団。トップリーグでも活躍。
■2007年に日本代表初選出。
■2012年に5年ぶりに日本代表に選出されるとキャプテンとしてチームをけん引。
■ラグビーW杯2015でも日本代表に選出。ベンチ入りは果たせなかったが、チームの活躍に貢献。現代のラグビー人気の礎を築いた。
■2016年に現役を引退。MBA(経営学修士)取得のため大学院へ。2019年に修了。大学院に通いながら東芝のバックスコーチも務めた。
■2019年放送のドラマ「ノーサイド・ゲーム」に出演。好演で人気を博す。2020年9月から日本テレビ「news zero」の木曜パートナーに就任。
■2019年9月、株式会社ビジネス・ブレークスルー アスリートアンバサダーに就任。
■2020年7月、一般社団法人「APOLLO PROJECT」を設立。
■2021年1月からはアスリートのセカンドキャリアを支援する教育プログラム事業「A-MAP」を開始。アスリートが持つ価値を最大限に高め、その価値を社会へと還元する取り組みを始めている。

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毎週月曜〜金曜 6:43 - 6:49

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毎朝、さまざまなジャンルのプロフェッショナルをお迎えして、朝の活力になるお話をうかがっていく「あさナビ」。ナビゲーター:黒木瞳


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