安倍前総理が回顧 オバマ政権を振り向かせた「TPPへの参加」

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ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(6月15日放送)に安倍晋三前総理大臣が出演。総理大臣在任時に悩み、実行したさまざまな事柄について語った。

安倍晋三前内閣総理大臣

2013年訪米時のオバマ政権の姿勢~やや半身な体勢であった

安倍前総理が特別インタビューとして6月14日(月)~18日(金)のニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に毎日出演。ここでは安倍総理を含めて、6年で6人が変わった当時の日本の総理大臣をオバマ政権はどのように見ていたのか、そして「戦後70年談話」について訊いた。

飯田)2006年から2011年にかけて、日本の総理は6年で6人が変わりました。あの当時はオバマ政権でした。

安倍)そうですね。

飯田)最初はいろいろな日本国内からの批判報道があり、さらに、「この人は歴史修正主義者なのですよ」というようなことまで言われていました。そのことについて、オバマさんとしても、「どうなの?」という目で最初は見ていたのですか?

安倍)オバマ政権の最初の姿勢というのは、「私が2013年2月に訪米するときの雰囲気はどうだったか」ということですね? そのときの雰囲気というのは、私も含めて、「日本の総理大臣は、6年間で6人変わったよね」と。「この人と真剣に対応しても、次の年にはまた別の人が来るのではないか」という、やや半身な体勢になっていたと私は思います。

飯田)なるほど。

安倍)もう1点は、「そのような状況なので、いろいろな約束がなかなか守れないよね」というものです。米軍再編においての辺野古への移転についても、鳩山(由紀夫)さんは「トラスト・ミー」と言ったけれど、「全然うまく行っていないよね」と。あるいはTPPについて、菅(直人)さんは決意を示したけれども、「全然ダメだよね」というものでした。

飯田浩司アナウンサー、安倍晋三前内閣総理大臣

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TPPへの参加表明によって見方が変わったオバマ政権

安倍)もう1点は、「安倍政権は歴史修正主義的、右派政権なのではないか」と。そのような日本の偏見を持ったメディアの報道をキャリーする人たちの情報も入っていたのだと思います。しかし、最初の首脳会談でTPPへの参加について、明確な決意を私は語りました。自民党では、参議院選挙の前に参加を表明することは反対だったのですが、私はむしろ参議院選挙の前にしっかりと表明し、その上で参議院選挙を戦う。そして勝った勢いでこれを進めて行こうと考えました。結果として正しかったと思っていますが、そこでオバマ政権はある意味、見直してくれたのだと思います。

飯田)この人は違うと。

安倍)その後、参議院選挙に2013年に勝ち、特に2014年の衆議院選挙で勝利を収めたあと、この政権は長く続いて行く、この安倍政権と正面から向き合おうという形で変わって行ったと思います。その後、アメリカの上下両院合同会議において、日本の総理大臣として初めて演説を行い、そしてオバマ大統領は広島を初めて訪問し、私が真珠湾を訪問し、日米の戦後のさまざまな課題は完全に過去のものになったと思います。そのようなものを進めて行く上において、オバマ大統領にもパートナーであるという認識を持っていただけたのではないかと思います。

戦後70年談話

飯田)上下両院合同演説で“Alliance of Hope”とおっしゃいました。戦後70年談話もそうですが、次の世代に何を残すのかと、「いつまでも反省して頭を下げ続けるよりは、ともに未来へ向かって行こう」というような姿勢が共通しているように思えたのですが、「何を残すか」というのは常に考えて来られたのですか?

安倍)戦後70年目を迎えるときに私が政権を担っているという、ある種の運命も感じたのです。だからこそ、その役割を果たしたいと思いました。村山政権のときの談話の問題点というのは、先の大戦の出来事、これはまさに国際的、世界的な出来事です。戦争なので相手がいるわけです。それにも関わらず、自分たちのことだけを見ているのですね。そして何を誤ったのか、間違えたのか、ということも書かれていなくて、ひたすら謝罪をするということでした。そこで、戦後70年談話を書く上で、そのときの世界はどのような世界だったのか、そして歴史というのは連続しますから、100年くらいの期間を見て書くべきだと考えました。我々は「100年前の世界には、帝国主義国の植民地が広がっていた」という状況を書き、そのなかで日本は植民地とならないように大変な努力をしていたという現状を書き、しかし、日本は政策的な判断を誤り、国際社会のなかで孤立して行った。それはいわば善悪の判断ではないのです。「どのような政策的な選択を取れたのか」ということで、そこは確かに難しいのですが、しかし結果として誤った選択になってしまい、あのような結果を生んでしまったということを書きました。しかし、私たちの子や孫、あるいはその子孫たちに、謝罪し続ける宿命を背負わせるわけにはいかないということを明確にさせていただき、まさに日本が世界と共有している価値観を広げて行くことこそが私たちの使命ではないかと、未来に向けたメッセージにさせていただきました。

日米首脳が真珠湾慰問 真珠湾を背に演説に臨む安倍晋三首相。奥はオバマ米大統領=2016年12月27日 写真提供:産経新聞社

日米首脳が真珠湾慰問 真珠湾を背に演説に臨む安倍晋三首相。奥はオバマ米大統領=2016年12月27日 写真提供:産経新聞社

人間関係でオバマ氏から信頼を得た安倍前総理~人間は失敗がいかに大事か

飯田)戦後70年談話について、そしてオバマ政権がどのように見ていたのかという辺りのお話をしていただきました。青山さん、いかがですか?

自由民主党参議院議員・青山繁晴)安倍さんは、実はすごい「人たらし」で、オバマさんは結局8年間、人嫌いで終わりました。

飯田)人嫌いで終わった。

青山)それが安倍さんにかかると、しっかり心を許す仲になったということも、大きかったですよね。いまの官邸には、昔の官邸になかったものが1つあります。総理の執務室に直接行ける、総理番記者にはわからない通路があるのです。私は民間時代も含めてそこに行っていました。2015年に私が書いた『きみの大逆転 - ハワイ真珠湾に奇蹟が待つ -』の元本を持って行き、真珠湾に行かれる前に、外務省のつくったスケジュールだけだと謝罪の旅になってしまうので、「アメリカ自体が日本を絶賛しているアメリカ政府の戦争記念館があるので、そこに行ってください」と言いました。安倍さんは実はすごい読書家で、読むのが早いのです。その場から読み始めて、実際に行ってくれたのです。そうしたらその記事を書いてくれたのが朝日新聞だけだったのです。産経新聞も書いてくれたのですが、少し趣旨が違っていて、朝日新聞の方はビックリ、という感じで書いていました。

飯田)朝日新聞は。

青山)これが余談ではないのは、安倍さんが修正主義、日本は悪くなかったということしか言わない極右だと見られていたのですが、オバマさんとの人間関係で正常な認識に戻した。ですので、真珠湾の記念館にも行けたのです。当初のイメージのままだと、外務省の強い反発で行けなかったと思います。

飯田)なるほど。

青山)あとは安倍さんのいまのお話を聞いて、「人間は失敗がいかに大事か」ということを思いました。安倍さん自身も、第1次安倍政権が短くて、それがアメリカの不信感を招いたということを率直におっしゃっていました。その1年間が終わったあと、安倍さんが高尾山に行って、その電車のなかで修験者に励まされたことがきっかけで、自分の内面も含めて振り返って行くのです。それが再登板後に活きましたよね。ですので、「村山談話とどのように向き合って行くのか」ということを、新しいやり方でカバーする形で、対決を生むよりも、私の信念でもあるのですが、一致点を探す。安倍さんと私は、習近平さんの扱いや消費税も含めて考えは違うのですが、かつてない総理だったということは言えると思いますし、いまも国会議員なので、これからも大切な役割がある人だということは、インタビューを聞いていて痛感しました。

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