ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(3月14日放送)に朝日新聞編集委員で元北京・ワシントン特派員の峯村健司氏が出演。月刊「文藝春秋」にも寄稿した彭帥事件の真相について解説した。
消えた中国テニス選手、彭帥事件の真相に迫る
2021年11月、中国共産党最高幹部との性的関係の強要や不倫関係をSNSで告発し、その後、行方がわからなくなった中国の女子テニス選手・彭帥さん。北京冬季オリンピック開催中の2月8日にその姿を現し、IOCのバッハ会長と談笑する場面もあったが、いったい彼女に何が起こっていたのか……
飯田)3月10日発売の「月刊 文藝春秋」に峯村さんが寄稿されていらっしゃいます。
峯村)すごく苦労しまして、取材・執筆に1ヵ月かかりました。彭帥事件についての編集部からのご提案で、1万字のボリュームです。
公開情報をクロスチェックとともに読み解く
峯村)この事件の真相について、「実は中国共産党内部の権力闘争だ」などと言う専門家の方がいました。事象が複雑なのは否めません。。私はこういう場合、中国の北京特派員のときによくやったのですが、公開情報をしっかり読み解くようにしています。どの人が何を言ったのか。一語一語丁寧に読み解く「OSINT(オシント)」と言われる手法です。
飯田)オープンソース・インテリジェンス。
峯村)最初に行ったのは、彭帥さんが中国のSNSである微博(ウェイボー)に出した長文の文章を、1文字ずつ読み解いたのです。
飯田)あの長文を。
峯村)「これは本当に本人が書いたのか」というところを探ると、やはりいくつかの場面で、「本人しか知り得ない、秘密の暴露があった」ということがわかりました。自分の経験も含めてクロスチェックを行ったうえで、関係者に取材をした結果、「これはどうも本物らしい」ということがわかったのです。
権力闘争などではなく、痴情のもつれからのもの
峯村)さらに、その情報を出した意図は何なのか、すべて時系列に書いて調べました。この日、彭帥さんがSNSに文章を出したのが、夜10時7分なのです。その日の正午に、相手とされる元常務委員だった張高麗氏と最後の電話をしているのです。ここでの文章をよく読んでみると、「電話をくれると言っていたのにくれなくて、つれない返事しかなかった」ということなのです。彭帥さんは張氏のそういう態度に激怒したことが読み取れます。
飯田)電話もくれないと。
峯村)それで直情的に「バーッ」と書いて、この夜に「ドン」と出したと考えることが合理的です。深い権力闘争ならば、もっと時間をかけて緻密な文章を書くでしょう。そのような総合的な分析から、プライベートの問題だったのではないかということが見えて来たのです。
飯田)痴情のもつれのようなものですか?
トップの常務委員のスキャンダルが中国国内のSNSで発表されることはなかった ~この脆さは何なのか
峯村)私もテレビなどで、彭帥事件でよく呼ばれて解説していたため、「彭帥専門記者」などと揶揄されました(笑)。どうして私がこのことを掘り下げたかというと、別に痴情のもつれが好きなわけではなく、この事件はとても重要な事件だと思ったからです。こういう中南海のスキャンダル、しかもトップの常務委員に関するスキャンダルが中国国内のSNSで発表されるという事態は、私が知る限りなかったからです。
飯田)そこまで公に出てしまうということが。
峯村)ありません。例えば香港メディアなどで、「中国高官とある女優がつきあっている」という検証不明な報道はあります。しかし、中国国内でスキャンダルの当事者がここまで詳しく暴露することは、私が北京にいたときには1度もありませんでした。
飯田)ここまでのスキャンダルは。
峯村)これは、誰も本当のことがわからない、中南海に覆われている厚いベールに開いた「1つの穴」なのです。だからこそ、この「穴」をしっかりじっくりこじ開けて、中国共産党内部の権力構造や要人のパーソナリティーを分析することは中国理解を深める上で極めて大切なのです。共産党内部がどういうシステムなのか、この脆さは何なのかを見る上で、非常に重要な作業なのです。
インタビューしても面白くない地味な人 ~相手とされる張高麗氏
飯田)張高麗さんという人は、チャイナセブンに取り上げられたときは習近平氏ともうまくやらなければならない時期だから、ちょうど中間に立つ人ではないかというようなことが指摘されていました。
峯村)張高麗氏は江沢民派だということで、今回の事件は権力闘争と関係あると指摘する専門家がいます。でも実は、江沢民氏のみに引き立てられたわけではないんです。その都度の上司に対していい格好をして、石油会社の作業員から共産党トップにまで上り詰めた人物なのです。
飯田)報道が出た当時、「張高麗という人は仏頂面で、インタビューしても面白くない人だ」とおっしゃっていました。
峯村)私も会場にいたのですけれど、お披露目の2012年の共産党大会では序列7番目だったので、最後に中に入って来ってきました。微動だにせず、まるでロボットのようでした。「この人は本当に生身の人間なのだろうか」という。
飯田)ガッチガチに緊張していたのですかね。
峯村)緊張していたのでしょうね。手と足が一緒に出ていましたから。そういう意味でも面白くて、「あんな人からこんな浮いた話が出て来るのか」という意外性がありましたね。
痴情のもつれが「人権侵害」という北京五輪反対の1つの原因になってしまった ~その火消しがあまりにもずさんで中途半端
飯田)その後、SNSそのものはすぐにシャットダウンされましたけれど、拡散されてしまい、なかなか火消しどころの話ではなくなりました。オリンピックとも結びついて来ましたね。
峯村)習近平政権にとって、大ダメージだったわけです。なぜ大ダメージになったかと言うと、もともとは痴情のもつれだったのが、「人権侵害」へと発展し、北京オリンピックの「外交ボイコット」の1つの原因になってしまったのです。彭帥さんに性的強要をしたと広まってしまった。
飯田)そうですね。
峯村)ここまで事態が大きくなってしまったということが、「中国共産党が抱えている問題点ではないか」というのが、私の今回の文章のポイントになります。
飯田)中国共産党の問題であると。
峯村)おそらく習近平氏は、この問題はまずいと。「まずいから早く火消しをしろ」と強く部下に命じたはずです。だから各部門の人たちも必死になって、慌てて火消しをしたのですけれど、その火消しがあまりにもずさんで中途半端だった。横の連携もできていないので、その度にいろいろなミスや矛盾が出てしまい、疑念が疑念を呼んだ。ツッコミどころ満載なのですよ。
飯田)彭帥さんが「私は安全ですよ」と言って出て来ましたが、「どう見ても言わされているだろう」という状態であるとか。
峯村)彭帥さんの横にどう考えても当局者のような人がいたり。
飯田)鏡に人が写り込んでいるものもありましたよね。「誰だこの人は」というような。
「習近平さんにどう見ていただきたいか」ということしかない ~その1つのサンプルが彭帥事件
峯村)それが習近平体制の問題点ではないかと思うのです。一強体制ができたために下の人たちが萎縮して、怯えているからこそ、過剰な忖度をする。失敗したら、すぐ飛ばされたり、左遷されたり、下手をすると「反腐敗」と認定されて汚職容疑で捕まってしまうため、必死になってやる。トップだけのことを見てやっている。それによって国際社会がどう反応するのか、というようなことは見ていないわけです。
飯田)トップだけを見て行動する。
峯村)「戦狼外交」と言われるような外交なども、その1つだと思います。「日本の人やアメリカの人がどう思うか」ではなく、「トップにどう見ていただきたいか」ということが優先されている状態なのです。
飯田)習近平さんに。
峯村)「殿、私は頑張っています」という思いしかないから、強引だったり拙速だったりする外交や政策をやるのです。その1つのサンプルが彭帥事件だったのではないかと思います。
彭帥事件を台湾に置き換えた場合どうなるのか
飯田)今回はスキャンダルでしたが、インフォメーションの出し方や外に対する力の使い方など、不要に力を行使して問題をこじらせてしまうことが、東アジアで起きる可能性もあるわけですよね。
峯村)そうなのです。こういうところから、中国共産党政府の政策決定過程を見ると、非常に危なっかしいことがわかるのです。彭帥事件を台湾問題に置き換えた場合、どうなるのか。
飯田)台湾に置き換えたら。
峯村)習近平氏が部下に、「これだけ軍事費を払っているのだから、台湾侵攻はできるのだろうな」と言ったら、軍の人たちは「難しいかも知れません」とは答えられませんよね。
プーチン大統領が抱える問題も同じ
峯村)「いやできます、頑張ります」と。プーチン氏の今回のウクライナ侵攻もそうでしたよね。「どうだ、できるのか」と。「できます」「ではやろう」となった場合、「ええ! 本当にやるのですか?」ということです。
飯田)「できます」となれば。
峯村)いまプーチン氏が抱えている問題はそうですよね。本当に少人数の側近の話しか聞いていない。おまけに側近の人間たちも忖度して、耳触りのいいことしか言っていないことがわかったわけです。結果として、プーチン氏はウクライナ侵攻を見誤り、大失敗に陥っている。
飯田)ウクライナ侵攻で。
峯村)同じ一強独裁体制を取っている習近平氏にも、それが当てはまらないわけがありません。そういうことが、彭帥事件から見えて来たのです。
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