スマホ普及後の初めての戦争 ~ロシアが「サイバー戦争」に失敗した所以

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ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(3月17日放送)に慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授の土屋大洋氏が出演。ウクライナ侵攻におけるロシアとウクライナのサイバー空間での攻防について解説した。

スマホ普及後の初めての戦争 ~ロシアが「サイバー戦争」に失敗した所以

モスクワのクレムリンで、ベラルーシ大統領との共同記者会見に臨むロシアのプーチン大統領(ロシア・モスクワ) AFP=時事 写真提供:時事通信

ロシアが想定していなかった形のサイバー戦争に ~2014年のクリミア危機の際にできた情報空間の制圧がまったくできていない

ロシアによるウクライナ侵攻から3週間が経とうとしている。ウクライナ現地はいまも戦禍に晒されているが、一方でサイバー空間でも激しい攻防が繰り広げられていると考えられる。この見えない情報戦線の現状はどうなっているのだろうか。

飯田)ウクライナへの侵攻開始から3週間になりますが、今回の戦争をどのようにご覧になっていますか?

土屋)ロシアがまったく想定していなかった形のサイバー戦争になっていると思います。ロシアからすると、2014年のクリミア危機のときには、あっさりと情報空間を制圧することができました。短時間のうちに携帯電話にアクセスできなくなったり、ドローンが飛べなくなったり、偽情報を流して混乱させることができたのです。

飯田)2014年にクリミア半島を奪取した際は。

土屋)2015年と2016年にはウクライナに対してサイバー攻撃を行い、大規模な停電を起こすことに成功しています。しかし今回はそのようなことが全然できていなくて、ウクライナのインフラは生きていますよね。

情報宣伝戦ではウクライナ政府の方が上 ~有名なハッカー軍団までがウクライナの防衛に参戦

土屋)さらに情報宣伝戦という意味では、ウクライナ政府の方が上手く、ウクライナ国民が総出で世界に発信し続けています。日本でも、日本語ができるウクライナ人の方がラジオやテレビ、新聞にたくさん出ています。

飯田)出ていらっしゃいます。

土屋)3月16日夜には、ゼレンスキー大統領がアメリカ議会で演説しましたが、いろいろな国で同じようなことをやっています。そうすると、ロシア人がソーシャルメディアを使って発信するということもうまく行かなくなり、ロシアが想定したような「短期間でのサイバー空間の制圧」は難しいのではないかと思います。

飯田)ウクライナ政府は、戦端が開かれた直後にIT軍を組織して、義勇兵を募ったというような報道がありましたが、これは効果的なのでしょうか?

土屋)少し言い過ぎかも知れませんが、「サイバーカオス」のような状況になっていると思います。ロシアが想定していたのは、サイバー空間のなかでロシアのサイバー軍とウクライナのサイバー軍が、1対1で対決するような構図だったと思います。しかし実際には、ウクライナ側に世界中の素人から闇のプロまで、いろいろな人が参戦して来て、ウクライナの防衛、そしてロシアへの攻撃に参加しています。

飯田)世界中から。

土屋)アノニマスもハッカー集団のように言われていますが、彼らなりの正義に基づいて参戦していますし、ロシア側についているハッカーグループもいます。何が何だかよくわからない状況になっていて、「これからどうなるのか」という先行きが見えにくくなっていると思います。

ロシアの『サイバー戦争』はなぜ失敗したのか ~スマートフォンにより、市民が写真や動画をSNSに発信できる

土屋)2014年のクリミア危機の際、ロシアが情報空間を上手く制圧したので、逆にウクライナ側は8年間かけて準備して来たということだと思います。特に、今回の戦争はスマートフォンが普及してから初めての戦争だと言ってもいいと思います。iPhoneが出て来たのは2007年で、2003年のイラク戦争のときにはありませんでした。カメラ付き携帯ぐらいはありましたが、通信はなかなかできませんでした。

飯田)スマートフォンはまだありませんでした。

土屋)2014年のときにはありましたが、携帯電話のネットワーク網が「ドン」と落とされてしまいました。今回、ウクライナは徹底的にそれを守っていて、ウクライナ市民たちがいろいろなところで写真や動画を撮り、積極的に発信しています。

飯田)市民たちが。

土屋)その結果、様相が大きく変わって来たと思いますし、我々も「ハイブリッド戦」と言って、軍事的な活動とサイバー空間の活動が連動すると思っていたのですが、まったく上手く行っていないという感じです。

キエフで、現在の状況を説明するウクライナのゼレンスキー大統領(ウクライナ・キエフ) AFP PHOTO /UKRAINIAN PRESIDENCY PRESS OFFICE  写真提供:時事通信社

キエフで、現在の状況を説明するウクライナのゼレンスキー大統領(ウクライナ・キエフ) AFP PHOTO /UKRAINIAN PRESIDENCY PRESS OFFICE  写真提供:時事通信社

2016年の米大統領選挙では成功したロシアのサイバー攻撃 ~2018年の中間選挙ではアメリカにブロックされる

土屋)2016年のアメリカ大統領選挙では、ロシアがサイバー攻撃によって介入し、影響を与えたとされています。2018年の中間選挙でも同じようにやろうとしたのですが、今度はアメリカ側が強く反撃したことで、ロシアは中間選挙に全然介入できなかった。逆にロシアのなかにアメリカのサイバー軍が「ガッ」と手を突っ込んで来たのです。

飯田)逆に。

土屋)その結果、ロシアが驚いてしまって、「我々はインターネットの接続を切り離す権利を持っている」というようなことを言い始め、切り離す実験を始めたのです。ところが結果的に見ると、それはロシア国民がインターネットを使えなくなるということですし、ロシア軍がサイバー攻撃をやろうと思ってもできなくなってしまうので、意味がありません。

SNSが使えなくなってしまったロシア国民 ~国民の不満がプーチン政権に向かう可能性も

土屋)今回、いろいろなソーシャルメディアが切られてしまって、ロシア国民は困っています。YouTubeも使えなくなっていますし、ロシアの国民はフェイスブックが大好きだったのですが、これも遮断されてしまっています。

飯田)その辺りの不満が政権に向かって行くという可能性もあるのでしょうか?

土屋)ありますね。ロシア国内でも、反戦的な活動や発信をし始めている人もかなり増えて来ていますし、それを外国の人たちが支援するという取り組みも始まっています。また、ロシア国外にいるロシア系の人たちが、プーチン政権批判をいろいろな形で始めています。

飯田)ここまではウクライナが防衛に成功していますが、今回の件で日本が学ぶべきことは何ですか?

土屋)日本も反ロシアの姿勢を明確にしていますし、いろいろな制裁に参加しているので、それに対して嫌がらせ的なサイバー攻撃を受ける可能性はあります。

飯田)嫌がらせ的な。

土屋)ただ、ロシア政府やロシア軍からすると、日本にまで関わっている暇はないというところはあるので、親ロシア勢力が「日本であればどこでもいい」という形で無差別にサイバー攻撃を仕掛ける場合もあります。または情勢に便乗する形で、金儲けを狙うアクターが「ランサムウェア」によって、身代金を要求するような攻撃をして来る可能性もあります。

中国の台湾侵攻の「いい参考事例」になっている

飯田)ウクライナ情勢のような状況が東アジアでも起こるのではないか、ということも言われています。台湾有事なども想定されますが、備えという部分ではいかがでしょうか?

土屋)今回のロシアによる侵攻は中国も注目しているところだと思います。彼らの視点からすると台湾を獲り戻す、台湾の人たちからすれば侵攻が始まるというときに、情報統制は必ず起こるだろうと思っています。その際に「どう対応すればいいのか」といういい事例になっています。中国は「それほど簡単ではないな」と思っているのではないでしょうか。

イーロン・マスク氏が提供した衛星インターネットサービス

飯田)話を聞いていると、「ネットワークが切られなかった」ということが大きいように感じられるのですが、イーロン・マスク氏が提供した衛星インターネットサービスなどは、いい支援だったのでしょうか?

土屋)支援にはなっていると思います。陸上のネットワークは光ファイバーなど、いろいろなところにつながっていて、末端のところが無線になり、携帯電話でつながっています。その末端のところで、携帯電話のアンテナが壊されるとか、バックボーンと言っていますが、陸上を走っているインターネットの主要幹線が切られてしまうなど、いろいろな事態が想定されます。

飯田)いろいろな形で。

土屋)そのときにマスク氏が提供しているような「低軌道衛星による通信」がバックアップとして使える可能性はあるので、精神的に楽になったと思います。「いざとなればあれが使える」ということですね。

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