中日・根尾昂の投手転向 立浪監督が踏み切った「いくつかの理由」

By -  公開:  更新:

話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、6月13日、中日・立浪和義監督が発表した「根尾昂選手の投手転向」と、その背景にまつわるエピソードを紹介する。

中日・根尾昂の投手転向 立浪監督が踏み切った「いくつかの理由」

【プロ野球交流戦オリックス対中日】8回、投球する中日・根尾昂=2022年5月29日 京セラドーム大阪 写真提供:産経新聞社

『次のカードからピッチャー登録にします。投手を主にやります。ベンチには5回くらいまではいるので代打で出ることもあるかもしれないけど、基本は投手としてどんどん使っていく方針です』

~『中日スポーツ』2022年6月14日配信記事 より(中日・立浪監督のコメント)

交流戦が終わったプロ野球。そこに飛び込んできたのが「根尾昂・投手転向」のニュースでした。投手としてプロ入りした選手が野手に転向して成功した例は数多くありますが、「野手→投手」の転向例は非常に少なく、それだけ難しい証拠。ましてや、根尾のような甲子園のスター選手となると前代未聞で、立浪監督の発言は大きな波紋を呼びました。

根尾は、大阪桐蔭高時代に投手経験があり、2017年、2018年の春のセンバツでは2年連続で胴上げ投手になっています。甲子園春夏連覇を達成した同年のドラフト会議では4球団(中日・巨人・ヤクルト・日本ハム)が根尾を1位指名。中日・与田剛監督(当時)が交渉権を引き当て、鳴り物入りで中日入りしました。

入団時は「ショートでレギュラーを狙う」という方針でしたが、1軍出場は1年目(2019年)が2試合、2年目(2020年)は9試合にとどまりました。ショートには名手・京田陽太がいるため、そこに割って入るには打力・守備力ともまだまだ、と当時の首脳陣は評価したのです。

出場機会を増やすため、2年目から外野守備にも取り組んだ根尾。3年目の昨季(2021年)は開幕戦に「8番・レフト」で先発出場しましたが、結局レギュラー獲得には至らず、72試合に出場して打率.178、本塁打1本、16打点という物足りない成績に終わりました。

とはいえ、巨人戦で打ったプロ初タイムリー(&プロ初打点)が決勝打となって初のお立ち台に上がったり、プロ初本塁打が満塁ホームランなど、根尾が他の選手にはない「何かを持っている」のも事実。そして何より、根尾が登場するとファンが沸くのです。ドラゴンズのお膝元・岐阜県出身ということもありますが、やはりそれだけの輝きを持った選手なのでしょう。

根尾のように、ドラフトで複数球団が競合、期待されてプロ入りした選手の悩みは、同じ経験をした人間でないとわからないものです。立浪監督もその1人。現役時代は1年目から活躍、新人王になれましたが、それでも打てない時期が続くと厳しく批判されました。期待が大きい分、活躍できないときはその裏返しでブーイングも大きくなるのです。

同じ立場だっただけに、立浪監督は「根尾をブレイクさせるのは自分の使命」と考えているフシがあります。今季、当初は外野固定を打ち出しながら、チーム事情から途中で遊撃復帰を提案したのも「現状、根尾がいちばん活躍できる可能性が高いポジションはどこか?」を考えてのこと。

今回の「投手転向」は、それがピッチャーだという結論に達したからで、確かに「たらい回し」に見えますが、その批判は覚悟の上。立浪監督の「根尾を何とかして輝かせたい」という方針自体は、就任から一貫しています。

正直な話、劇的な打力向上が見込めない限り、根尾が今季レギュラーを獲得する見込みは内・外野とも薄く、野手登録のままなら、代打など、ほとんど控えでシーズンを終える可能性が高いでしょう。それでは去年までと同じです。

けれども根尾にはもう1つ、「投手」としての可能性があります。「ならば、自分の責任で投手に挑戦させてみよう」と立浪監督が考えるのは自然なこと。根尾があくまで野手にこだわるなら別ですが、本人も納得して「やってみたい」と言うのであれば、やる前に批判するのは時期尚早でしょう。その選択が正解だったか否かは、今後の結果でわかることですし。

実際、敗戦処理で1軍初登板した5月21日の広島戦、根尾が見せたピッチングは非凡なものがありました。先頭・坂倉将吾への初球。ストレートがいきなり150キロを計測。「典型的な“野手投げ”」と言われましたが(全身を使っていない“手投げ”とも)、とはいえ150キロはなかなか出せない数字です。坂倉にはヒットを打たれたものの、後続の3人を右飛・中飛・二ゴロに抑え、無失点でマウンドを降りました。

この試合、根尾は150キロを2度記録した他、ストレートは常時140キロ台後半。時にスライダーも交えて、しっかりコーナーを突くピッチングも見せました。点差の離れた楽な場面とはいえ、十分及第点ですし、これで投手としてきっちり練習したら、果たしてどうなるのか? 楽しみしかありません。

『投手の方が彼の能力が生きる。そこが一番ですね。いきなり150キロのスピードが出るし、まだ2試合ですけどあの状況でもストライクが入る。これからまだまだ球種も磨いていきながら。将来的には先発を目指してほしい。ひとつずつ来年に向けてやっていってほしい』

~『中日スポーツ』2022年6月14日配信記事 より(中日・立浪監督のコメント)

根尾が投手登録に変わるのは、リーグ戦が再開される17日の巨人戦(バンテリンドーム)以降になります。変更後も野手として出場するのは問題なく、今後の起用法について立浪監督は「投手メインで、登板しない日は野手としてベンチ入りもある」と、今季は“二刀流”でいく方針です。

最終的には先発を目指すようですが、今後根尾がベンチ入りするだけで「いつ投手として出て来るのか?」という楽しみが加わります。初登板の広島戦では、ドラゴンズファンだけでなく、マツダスタジアムを埋めたカープファンからもどよめきが起こったほど。それは“根尾だから”です。

高卒4年目の根尾は、今年秋にドラフト対象となる大学4年生と同学年。来季(2023年)を「大卒1年目」と考えるなら、現時点での方向転換は決して遅くはありません。根尾はまだ22歳。早めのリスタートは、貴重な時間を無駄にしない意味でも「あり」でしょう。

根尾が「野手→投手転向」というミッションを成功させれば、球史に残るプレーヤーになれるかも知れません。そういう“常識の枠を超えた選手”を生み出すことが、長年低迷するチームを変える起爆剤になる……立浪監督の真意は、そこにあるような気がします。

Page top