青山学院大学客員教授でジャーナリストの峯村健司が7月8日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。英ジョンソン首相の辞意表明について解説した。
英ジョンソン首相が辞意を表明
イギリスのジョンソン首相は7月7日、国民に向けて声明を出し、与党・保守党の党首を辞任すると表明した。後継の党首が決まり次第、首相も辞任することになる。新型コロナウイルス規制違反のパーティー問題など不祥事への対応が批判を浴び、スナク財務相とジャビド保健相が5日、首相に抗議して辞任。報道によると閣外相や政務秘書官らを含めた約60人が政権を離れ、求心力が急速に低下していった。
ピンチャー院内副幹事長の痴漢行為が決定打に
飯田)コロナ禍でのパーティーの問題は、少し前の話ではありますが。
峯村)「パーティーの問題は何となく乗り切れるかな、ジョンソンさんだしね」というようなことはイギリスの友達も言っていました。しかし今回決定打となったのは、与党のピンチャー院内副幹事長のいわゆる痴漢行為ですね。これが大きかったのだろうと思います。
飯田)ピンチャー院内副幹事長の。
峯村)昨晩(7日)、いまイギリスにサバティカル滞在されている慶應の細谷雄一先生と意見交換させていただきました。イギリスのテレビでは、ウクライナ危機よりもピンチャーの痴漢問題の方が大々的に取り上げられ、話題になっているそうです。それほどインパクトが大きかったといえます。
イギリスの最新世論調査では「首相を辞めるべきだ」という意見が67%に
飯田)痴漢を実際に起こしたのは副幹事長であって、ジョンソン氏本人ではないわけですが、これが直接、波及してしまった。
峯村)人は誰しも過ちを犯すのですが、ピンチャー氏は外務省の政務官をしていた時にも、似たようなセクハラ行為を行っていたのです。それを知っていながら、ジョンソン氏はピンチャーを副幹事長に起用したということで、「お前も同罪なのではないか」となったわけです。任命責任は日本でも重いですよね。そういった経緯で炎上したということです。
飯田)しかも、最初に追及されたときには、「この人がこんな性癖だったなんて知らなかった」というようなことを言っていたのに。
峯村)これが二転三転どころか、五転六転くらいしたというところで、もうどうしようもないかなと思います。一時期、イギリスの一部メディアでは破れかぶれで解散するのではないかという話もあったのですが、最新の世論調査を見ていると、「首相を辞めるべきだ」と答えている人が67%、つまり3分の2です。これはもう難しいなと思っていましたが、やはり7日に辞任を表明しました。
ロシアがジョンソン首相の辞任を予見していた可能性も
飯田)このニュースに関して、メールやツイッターなどで意見や質問をいただいていますが、「ウクライナ情勢なども考えると、世論工作などは考えられないのですか?」という質問が複数届いています。
峯村)私はこういう国際情勢をみるときに、「誰がいちばん得をしたか」ということを見ます。そうすると、「誰がどのような意図をもって何をやったのか」というのがだいたいわかるのです。
飯田)誰が何をやったか。
峯村)それでロシアの反応を真っ先に調べてみました。案の定、ロシアのペスコフ大統領報道官は、「ジョンソン氏は俺たちのことを愛していないだろう、俺たちもそうだけれどな」というようなことを言っているのです。
飯田)ペスコフ大統領報道官が。
峯村)さらに驚いたのが、ロシアのメドベージェフ元大統領がSNSで、「ウクライナのベストフレンドがいなくなる。これでウクライナの勝利も危うくなる」と投稿したのです。さらには、「ドイツとポーランド、バルト三国からのニュースも待っている」と、他でも政局が起き、ドミノ倒しになることを期待するような内容を書いているわけです。しかも、かなり早い段階で発信しています。そう考えると、「何となく予兆は感じていたのかな」と類推できます。
フランスやイギリスが揺れているなかで何らかの変化が起こる可能性も
飯田)過去にも、ロシアの反政府的な人たちをイギリス国内で殺めるという事件もありました。
峯村)そう考えると、ある意味、ロシアのいちばんの仮想敵国はイギリスなのです。何もやらないということは考えにくいと思います。そこが民主主義の弱さでもあります。
飯田)ツイッターでも、「これが民主主義国の脆弱性なのか」という意見がありました。
峯村)では、プーチン大統領は何なのかという話ですよね。これくらいの不祥事ならプーチン大統領の身辺でもいくらでもあるわけなのに問題にはならない。まさに民主主義陣営は“非対称戦”をしなければならないわけです。「明日は我が身」。日本も考えなければなりません。
飯田)日本も。
峯村)私がいちばん心配しているのは、これだけロシアが喜んでいるということは、ジョンソン退陣が、何かしらのウクライナ侵攻に対する制裁や圧力が緩むことを期待しているのではないかということです。
飯田)ウクライナ侵攻に対する制裁や圧力が。
峯村)嫌な話としては、6月にあったフランス総選挙です。与党がボロ負けしてしまった。極左や極右のそれぞれの勢力が勝ちました。極右の「ロシアが支援していたのでは」と言われている勢力が圧勝しました。プーチン大統領が長期戦に舵を切ったタイミングで、フランス内部が揺れているわけです。イギリスも首相が降りることで「権力の空白」が生じるわけです。ジョンソンさんがいなくなってもイギリスは取り巻きがしっかりしているので、例えばトラス外相などがいるから変わらない。しかし、ロシアはより強硬な態度に出る可能性あると思います。
選挙への干渉はロシアのお家芸 ~SNSを使い国を分断させる
飯田)今年(2022年)は先進各国、民主主義国で軒並み選挙がある。選挙自体は去年ですが、ドイツの新政権が発足しましたし、フランスは先ほど下院選挙の話がありましたが、それに先立って大統領選挙もあった。いろいろなところで影響が出ますね。
峯村)選挙への干渉はロシアのお家芸です。私はトランプさんが勝った2016年のアメリカ大統領選挙のときも、ワシントン特派員として取材していましたが、SNSなどを見ていても、明らかにロシアあるいはロシアの意向を受けたかのような書き込みはありました。見事に国を分断させるという、民主主義のいちばん弱いところを突いてくるのです。
飯田)国を分断させる。
峯村)「誰を勝たせるか」ということもありますが、都合のいい候補……当時であればトランプさんだったわけですけれども。それに加えて、「世論を分断させて戦わせる」ということに長けているところはあります。
ロシアのインフルエンスオペレーションと中国のインフルエンスオペレーションが、歩調を合わせてきている
飯田)世論工作や選挙への干渉というと、お気に入りの候補者を勝たせようとしているのではないかと思うけれど、世論を分断させてしまえば、それだけで混乱すると。
峯村)ロシアと中国のやり方は少し違うのです。ロシアはどちらかと言うと、お気に入りを勝たせたい、つまり、都合のいい候補を「推す」ことが多いです。
飯田)そうなのですか。
峯村)中国はどちらかと言うと、国の世論を二分させて分断させることに力点を置いています。結果はどちらでもいいから、ギリギリまで僅差にして混乱させる。トランプさんとバイデンさんの大統領選では、それを狙ってきたのだと思います。
飯田)中国は。
峯村)最近のアメリカの当局者が警戒しているのが、ロシアのインフルエンスオペレーションと中国のインフルエンスオペレーションが、どうも歩調を合わせてきているのではないかということです。タイプの違うインフルエンスオペレーションが歩調を合わせることによって、1+1=2ではなく、何乗にもなるのではないかというのが私の仮説で、そこは注意して見ています。
中国には「グレート・ファイアウォール」というネットの壁があり、西側はオープンなのでやられ放題 ~ここも非対称戦
飯田)インフルエンスオペレーション(影響力工作)。それがネットの時代では、やりやすくなっている。
峯村)これも非対称戦です。中国はがっちりと「グレート・ファイアウォール」というネットの壁をつくっています。
飯田)「ネット版万里の長城」などと言われていますね。
峯村)万里の長城より高くて頑丈です。
飯田)中国国内ではGoogleもFacebookも利用できないですからね。
峯村)中国でツイッターを動かそうと思っても、そもそもツイッターを使えないわけですから。だからこそ非対称であり、西側はやられ放題なわけです。
飯田)言論の自由があり、オープンだということになっていますからね。
峯村)非対称というのは今後の課題ですし、なかなか防ぎようがありません。
バイデン政権のケイト・ベディングフィールド広報部長が退任 ~「このままではバイデン政権が危ない」と思って辞めた可能性も
飯田)アメリカは、秋には中間選挙を迎えます。
峯村)気になるニュースがあります。ホワイトハウスの広報を司っているケイト・ベディングフィールド広報部長が退任すると発表されたのです。ケイトさんはまだ40歳くらいの若手の女性なのですが、前回のバイデンさんの選挙のときも、選挙のキャンペーンを仕切っていた優秀な方です。
飯田)ケイト・ベディングフィールド広報部長。
峯村)これは影響が大きいと思います。「ケイトさんがいなければ、前回の大統領選は勝てなかっただろう」と言われているくらい、メディア対策を上手くやっていたのです。バイデンさんが副大統領だったときから広報担当をしていた人です。
飯田)オバマ政権の副大統領だったころからですか。
峯村)腹心中の腹心が辞めるということは、バイデン政権にとってはとても痛い。先日、バイデン政権の幹部と意見交換しましたが、今度の秋の中間選挙でボロ負けする可能性を懸念している。とすると、「このままでは、バイデン政権が危ないのでは」と思って彼女が辞めた可能性もあるわけです。もちろん、辞任の理由は「家族と一緒に過ごしたいから」と言ってはいるのですが、わからないですよね。泥船と一緒に沈んでしまうことを避けた可能性があります。
先頭でロシアに圧力を掛けていたアメリカとイギリスの内部が揺れている
飯田)自分のキャリアを考えると。
峯村)まだ若いですから、今後のキャリアを考えると、「早めに抜けた方がいいのでは」と思ったのかも知れません。イギリスとアメリカという、いちばんロシアに圧力を掛けていたところがガタガタになり始めるのはよくないと思います。
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