「日本維新の会」設立10年 ここまで続いたのは地域政党だから
公開: 更新:
数量政策学者の高橋洋一が9月28日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。設立から10年を迎える「日本維新の会」について解説した。
「日本維新の会」設立10年
日本維新の会は9月28日、設立から10年を迎える。大阪の地域政党から出発し、現在は衆議院と参議院で62人の国会議員を擁する、立憲民主党に続く野党第2党となっている。
飯田)昨日(9月27日)で就任から1ヵ月となった馬場伸幸代表ですが、公明党との関係をリセットするなど、早くも統一地方選に向けて動いています。
高橋)まず10年もったということが立派です。国政政党だと、いまの政党以外は4年くらいでほとんど潰れるのです。
飯田)新しくできた政党は。
高橋)10年もったら立派なものです。
飯田)10年前というと、当時は橋下徹さんが大阪市長を務めていた。
高橋)市長でしたね。
注目された「公開面接」
飯田)結成の前にも「維新八策」はどうなるのだと報じられ、国政進出に向けた「公開面接」もありました。誰が国会議員として入るのだろうと注目されていました。
高橋)その面接には、私も審査員のような役割で行きました。判断する人は他にいたので、私は質問を投げるだけでしたが。公開で行われ、東国原英夫さんや河村たかしさんも来ていて、いろいろな質問をした記憶があります。
飯田)名古屋市長の河村たかしさん。
高橋)公開でやるのは面白いですし、まったくシナリオなしでした。「何を聞いてもいいです」と言われたので、いろいろなことを聞きました。
飯田)「フルオープン」「台本なし」という言葉は当時のキーワードになりました。
地域政党であったために10年続いた
高橋)地域政党だったので10年もったのでしょうね。地方議会や首長を押さえていたからもったのだと思います。それがなければ無理でした。
飯田)その間にもいろいろ野党連合のように結集したり、またそこから別れたりと。
高橋)別れて、石原慎太郎さんと一緒になったときもあった。
飯田)そうですね。
高橋)江田憲司さんと一緒になったときもありました。しかし、最終的には当初の大阪のチャーターメンバーのような人たちが残っていますね。
統一地方選挙で地方議員600人を達成できなければ辞任 ~馬場代表
飯田)この先、まずは統一地方選挙が勝負だと維新はみていますね。
高橋)馬場さんに聞いたら、いまは約400人の議員がいるのですが、地方議員を600人に上げるのだと。「600人を達成できない場合は辞任する」と言っていました。
飯田)いまは大阪を中心とした近畿圏ですが。
高橋)大阪はいいのですが、京都・兵庫でどこまで伸ばせるかというところです。あとは関東でも細々とやっているのですが、そこをどこまで伸ばせるかというところもあると思います。
飯田)地方議員が出てくれば、それが足腰となって国政につながる。
高橋)基本はそうです。地方議員から起こすので、今度の統一地方選挙を大きな目標に掲げているのは、方向としては正しいと思います。それが維新なのです。地域政党ですから。
飯田)それが維新。
高橋)「地域政党でできるのか」という議論もありましたが、結果的にはやっていますから。地方議員や地方の首長さんに影響力があるので、足腰がしっかりしている。そこが風の流れでできたような国政政党とは少し違います。
「みんなの党」とは政策が共通していたが協力解消に
飯田)地盤の部分について、東京圏に関しては、かつてあった「みんなの党」などの地盤がありましたか?
高橋)「みんなの党」からはかなりの人数が移っています。「政策の共通化」ということで動いていたのです。みんなの党は、国政政策としては維新とほとんど同じでした。しかし、両者トップのケミストリーでしたね。あそこまでは読めません。
飯田)渡辺喜美さんと。
高橋)政策を合わせたのに、ダメでしたね。それが政治なのです。
飯田)政策だけでは回っていかないという。
高橋)政策を共通化しているのに、「どうして」と当時は思いました。
番組情報
忙しい現代人の朝に最適な情報をお送りするニュース情報番組。多彩なコメンテーターと朝から熱いディスカッション!ニュースに対するあなたのご意見(リスナーズオピニオン)をお待ちしています。