話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、世界が注目する現役ラストマッチを終えたテニスの元世界王者、ロジャー・フェデラーにまつわるエピソードを紹介する。
秋はスポーツ界にとって別れの季節。プロ野球だけ切り取っても、糸井嘉男、福留孝介、能見篤史、内海哲也……と一時代を築いた名選手たちの最後の勇姿がファンの涙を誘う。
そしてイギリスでは現地時間9月23日、“テニス界の生ける伝説”41歳ロジャー・フェデラー(スイス)の引退試合が開催された。ジョン・マッケンローが率いる世界選抜と、ビヨン・ボルグ率いる欧州選抜が戦う男子テニス団体戦「レーバーカップ」の大会初日、長年のライバルであり盟友、ラファエル・ナダル(スペイン)とダブルスを組んでのラストマッチだ。
グランドスラム優勝回数は歴代3位の20勝。ツアー通算103勝。史上6人目の「キャリア・グランドスラム」達成者であり、世界ランキング1位の連続記録は歴代最長の237週……数々の偉大な功績を残したフェデラー。そんな彼が自身の引退試合に選んだのは「ライバルと組んでのダブルス」だった、というのが興味深い。そして、多くのテニスファン、スポーツファンを歓喜させる粋な演出だったことは間違いない。
それほど、テニス界にとってこの20年、フェデラーとナダルのライバル物語は特別なものだった。実際、かつてナダルはフェデラーについて次のように語ったことがある。
『私たちは重要なシーンをたくさん共有してきている。これまで達成したすべてのこと、過去15年、20年のテニス界のことを考えると、このライバル関係を抜きには考えられない。私たちはすべての大きなスタジアムでプレーしてきたんだ』
~『Tennis Classic』2022年6月28日配信記事 より
その共有してきた「重要なシーン」のなかでも、2006~2008年の3年間に起きたライバル物語を外すわけにはいかない。この3年の間、全仏オープンとウィンブルドン、この2つのグランドスラム決勝戦は、すべてこの両雄がぶつかったものだからだ。
2006年6月、全仏決勝ではナダルがセットカウント3対1でフェデラーに勝利。ナダルはこれで全仏2連覇を達成。のちに「クレー・キング(赤土の王)」の異名で呼ばれる実力を見せつけた。
だがその1ヵ月後、ウィンブルドン決勝で激突すると、今度は「芝の帝王」フェデラーがセットカウント3対1で勝利。これでフェデラーはウィンブルドン4連覇を達成する。
2007年。またも全仏決勝で対戦すると、前年同様、ナダルがセットカウント3対1でフェデラーを倒して大会3連覇。そして1ヵ月後、ウィンブルドン決勝戦では両者譲らず、フルセットまでもつれる展開に。それでもフェデラーが「芝の帝王」の面目躍如とばかりにナダルを退け、大会5連覇を成し遂げた。
そして2008年。全仏決勝では、ナダルがストレート勝ちを収め大会4連覇。これで勢いに乗ったのか、ウィンブルドン決勝戦でも「芝の帝王」相手に奮闘。「ウィンブルドン史上最高の名勝負」とも称されるフルセットの激闘を制し、ウィンブルドン初優勝を達成。フェデラーの連覇を「5」で止めたのだった。
「赤土の王」対「芝の帝王」という構図も含め、好対照な2人の意地とプライド、最高の技術のぶつかり合い。同時代のライバルには「BIG4」と呼ばれたノバク・ジョコビッチ、アンディ・マリーもいるが、フェデラーにとってはやはり、ナダルこそがオンリーワンの特別なライバルだった。
公式戦で40回対戦し、対戦成績ではナダルが24勝16敗。グランドスラムでは計14回対戦し、戦績はナダルの10勝4敗。直接対決ではナダルが優勢ではあったが、むしろ5歳下のナダルはフェデラーとのライバル対決を通して、「一流」から「超一流」への階段を登っていった印象すらある。
ナダル自身、そんなフェデラーの「特別感」をこんな表現で示したことがある。
『彼のようなすごいライバルがいると、自分がもっと強くなるために何をすべきかを考える。自分より優れた例が目の前にあると、ある意味、向上心を持ちやすいんだ(笑) そうだね、私たちの関係はいつもとてもポジティブで、友好的なんだ』
~『Tennis Classic』2022年6月28日配信記事 より
その特別な関係性は、コートを離れても健在。コロナ禍で世界のテニスの針が止まってしまった時期を振り返り、フェデラーはナダルについてこんな言葉を残したことがあった。
『ナダルとはよく話すよ。僕らはどちらも選手協議会のメンバーだからね、話す必要がある。どうするのがテニスのために最善か、物事をどう進めるかということをね』
~『WOWOWテニスワールド』2021年1月12日配信記事 より
そんな特別な盟友同士による、ダブルスでのラストマッチ。試合後、ともに涙を流した2人の姿はスポーツシーンで永遠に語り継がれる名場面となり、そして1つの時代が終わったことを伝えるものとなった。