話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、WBCに挑む日本代表の宮崎キャンプで早くも注目を集めるダルビッシュ有投手にまつわるエピソードを紹介する。
代表合宿も始まり、いよいよWBC本大会へ向けて期待が高まる侍ジャパン。なかでもここまで、世間の注目を最も集めるのがチーム最年長、メジャー組で唯一人合宿に参加しているダルビッシュ有だ。
今回の侍ジャパンではキャプテンを指名しない方針だというが、実質、ダルビッシュを中心にここまでチームは動いていると言っても過言ではない。
ダルビッシュがいるところ、人だかりあり。メイン球場からサブ球場へ、そしてブルペンへと移動するたびに、ファンと記者団の民族大移動が発生することが当たり前になっている。
そして、ファンが移動するのと反比例するように、ダルビッシュが近くに来ると足を止めるのは他の侍選手たち。ダルビッシュの一挙手一投足を見逃すまいと自身の練習をストップする姿も何度か確認できた。ダルビッシュがブルペン入りすると、ほぼ、すべての投手が一列に並び、その投球内容を見逃すまいとしていたのが象徴的だ。
そして、即席で開催される「ダルビッシュ塾」。合宿初日には、佐々木朗希がスライダーを、宮城大弥がダルビッシュからフォークを教わり、逆にダルビッシュも若手2人がどんな握りで投げているのか確認するシーンがあった。
この場面に限らず、ダルビッシュの姿で印象的なのは、積極的に若手選手たちとコミュニケーションを取っている点だ。その狙いについて、ダルビッシュは次のように語る。
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『自分もアメリカで長いので、ずっと日本にいるとなかなか最新の情報を得られないこともあると思う。しっかり情報共有して、お互い成長していけたらなと。勝ち負け以外にもそういうことはできると思う』
~『BASEBALL KING』2023年2月17日配信記事 より
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侍ジャパンの代表合宿が始まる前日、戸郷翔征や大勢、岡本和真や大城卓三といった巨人の代表組と行った合同練習のときにも、戸郷と変化球の握りについて情報交換。その際もこんなコメントを残していた。
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「教えるために経験を伝えるわけじゃなく、あくまで経験を伝えて『これ良いな』『これあかんな』って自分の引き出しの中に入れてくれたらいい。優勝を目指すだけじゃなく、みんなでレベルアップできればいい」
~『サンスポ』2023年2月16日配信記事 より
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世界一を目指す前に、プロとして研鑽を積み、「成長」「レベルアップ」を目指す……こうしたダルビッシュの言動で思い出すのは2009年WBCにおけるイチローの姿だ。あの大会でも、キャプテンの指名はなかったが、実質、イチローがチームの中心に立ち、その姿勢と言葉でチームを引っ張っていった。
果たして、2009年の侍ジャパンは激闘の末、世界一を達成。その優勝直後の記者会見で、イチローは優勝の要因について、こんな言葉を残していた。
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『向上心。これが集まったチームは強い。よくチームにはリーダーが必要だという安易な発想があるが、今回のチームにはまったく必要なかった。それぞれが向上心を持って、何かをやろうとする気持ちがあれば、そういう形はいらない。むしろないほうがいいと思った。僕は外からリーダーのような存在だと言われたけど、実際、中では何にもなかった。向上心があればチームはいくらでも可能性が見出せる』
~『スポーツナビ』2009年3月25日配信記事 より
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この「向上心」ほど、ダルビッシュ有という選手を形容する上でふさわしい言葉はないだろう。
どの球種でも勝負できる質の高い変化球をいまも磨き続け、トレーニング理論も常にアップデートし続けるダルビッシュ。シーズン途中に36歳となった昨シーズン(2022年)も、メジャー自己最多タイとなる16勝をマーク。9月には野茂英雄以来、日本人2人目となる日米通算3000奪三振にも到達するなど、まさに衰え知らずだ。
だからこそ、所属のパドレスも、42歳までの6年契約、という30代後半の選手に対しては超異例と言える長期契約を結んだのだろう。
そんなダルビッシュの代表招集に成功した栗山監督も、改めてその存在感の大きさについて目を細め、合宿における立ち居振る舞いについてこう言及する。
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『感謝しかないです。難しい調整になりますけど、若い人たちといろいろ話をしてくれながら、自分も学び、いろんなものを与えてもらっている。他の選手たちの喜ぶ表情がね、良かったなって思います』
~『日刊スポーツ』2023年2月18日配信記事 より
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チームで唯一人、前回優勝を知る選手として、今後もますますダルビッシュから目が離せない。