LGBT法案 「性自認」によって起こり得ることとは

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ジャーナリストの佐々木俊尚が6月7日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。6月9日に衆議院内閣委員会で審議入りする見通しのLGBT法案について解説した。

LGBT法案 「性自認」によって起こり得ることとは

「性的指向及び性同一性の多様性に関する国民の理解の増進に関する法律案」を衆院に提出する自民党の新藤義孝氏(左から2人目)ら=2023年5月18日午後、国会内 写真提供:産経新聞社

LGBT法案、衆議院内閣委員会で6月9日に審議入りの見通し

与野党から3つの法案が提出されているLGBTの人たちへの理解増進に向けた議員立法は、衆議院内閣委員会で6月9日に審議入りする見通しとなった。LGBTの方々への理解増進に向け、自民・公明両党が超党派の議員連盟でまとめた法案の文言を修正した与党案を国会に提出したのに対し、立憲民主党や共産党などが議員連盟そのままの法案を、また日本維新の会と国民民主党が共同で独自の法案を提出している。

飯田)修正協議も模索されましたが、折り合いがつかなかったようです。

佐々木)当初、稲田朋美さんなどが考えていた「LGBTを差別しないようにしましょう、理解するようにしましょう」という発想は全然悪くないですし、当然の話だと思います。

「性自認を理由とする差別は許されない」という文言をどう扱うかで紛糾 ~いまの日本では手術を前提としている

佐々木)ずっと問題になっているのが、「性自認」という言葉です。性自認というのは、「自分の性は何か」を自分で決めるという意味ですが、「性自認を理由とする差別は許されない」という文言をどう扱うかで紛糾しました。

飯田)性自認。

佐々木)いまの日本だとトランスジェンダーの問題は、例えば「本当は男性だ」という女性が男性になりたい場合、男性になる手術を受ければOKです。逆も同様で、手術を前提に考えているのです。

欧米では性自認で決定 ~風呂場に性自認が女性であるという男性が入ってきて、なかで性器を勃起させた事件も

佐々木)しかし欧米では、手術しなくても性自認……自分が女性だと思えば女性、男性だと思えば男性という考え方です。

飯田)性自認で決まる。

佐々木)性自認だけでOKだという方向に変わってきています。「それが妥当なのかどうか」に関して、激しい議論が起きているのです。

飯田)それでいいのかどうか。

佐々木)実際に海外で事件が起きていますが、レイプの罪で捕まった男が「自分は女性だ」と主張し、性自認が女性だということで女性刑務所に入れてしまい、周りの女性が戦々恐々としているという話があります。あるいは風呂場に性自認が女性であるという男性が入ってきて、なかで性器を勃起させた事件が起きています。

飯田)しかも子どもの前で。

佐々木)そういう事例がいくつか起きている現実もあります。

飯田)それで「勘弁してください」とお店側に言ったら、「法律で決まっていることなので、我々としては何もできません」と。むしろ「そういうことを言うあなたは差別主義者ではないですか」と言われる場合もある。

厚生労働省のガイドラインでは「お風呂に入るときには、身体的な区別で入る」 ~LGBT理解増進法案に「性自認を理由とする差別は許されない」という文言が入ってしまうと、厚労省のガイドラインがひっくり返ってしまう可能性も

佐々木)「日本ではそんなことは起きない」と言っている人もいるけれど、根拠はどこにもありません。

飯田)法律で決めてしまうと、運用部分でいろいろと変わる可能性もある。

佐々木)厚生労働省のガイドラインでは、「お風呂に入るときは身体的な区別で入る」と決まっているのだけれど、あくまでも法律ではなくガイドラインなのです。

飯田)法律的に決まっていることではない。

佐々木)LGBT理解増進法案に「性自認を理由とする差別は許されない」という文言が入ってしまうと、上位の法律になってしまうわけですから、厚労省のガイドラインがひっくり返ってしまう可能性があります。

飯田)そうなりますよね。

佐々木)「それはまずいのではないか」という議論が日本でも起きている。それに対して、「欧米では進んでいるのに日本は遅れている」と言う人もいますが、そもそもそれは「遅れている、進んでいる」という話なのかということです。

「性自認」を「性同一性」に改めた自民党案

佐々木)女性の権利とトランスジェンダーの権利が衝突してしまっている。衝突しているので折り合いが必要なのですが、そのままの法律、そのままの文言だと、トランスジェンダーの権利で押し切られてしまい、女性の権利が侵害される可能性があると思います。

飯田)トランスジェンダーの権利で押し切られてしまって。

佐々木)自民党は「性自認」という言葉はよくないのではないかと、「性同一性」という言葉に変えた。もともとはどちらも英語で“Gender Identity”ですから、同じような感じなのだけれど、「自認」という言葉を入れるか、「同一性」というもう少し広い概念にするか。日本語では意味合いが全然変わってくるのです。

飯田)そうですね。

「女性の権利とトランスジェンダーの権利が衝突する場合は調整が必要である」ことが盛り込まれている国民民主党と日本維新の会の対案

佐々木)「差別は許されない」と書いてしまうと、「差別した、けしからん、お前はダメだ」というようになってしまう。だから「不当な差別はあってはならない」として、差別に「不当」という言葉をつけて少しマイルドにした。

飯田)「不当な差別はあってはならない」と。

佐々木)これも自民党の発想としては、妥当な変更だと思うのです。もう少し評価したいのは、国民民主党と日本維新の会が出している法案です。女性の権利とトランスジェンダーの権利が衝突する場合は、調整が必要であるということが盛り込まれているので、こちらの方が一歩進んでいていいかなと思うのですよね。

飯田)この法律が通ることになると、何らかの衝突が実際に起き、被害者が出たあとで、裁判所がそれを判断することになる。それを判例で積み重ねるとなると、被害者の人たちをみすみす出してしまうことになり、それがいいのか悪いのかという、今度はその部分に問題が移ってきます。

「性自認を理由とする差別は許されない」という文言に反対しているのは保守系だけではない

佐々木)「性自認を理由とする差別は許されない」という文言に反対する人はたくさんいるのだけれど、なぜか朝日新聞や毎日新聞の記事を読むと、「保守系から反発が」というようなことが書いてあるのです。

飯田)保守系から。

佐々木)しかし、反発しているのは保守系だけではありません。先日も有名なフェミニストのオピニオンリーダーである千田有紀さんが、「LGBT理解増進法案には問題がある」ということを記事にしています。

飯田)法律の専門家がきちんと分析・吟味しなければいけないだろうと。

佐々木)フェミニズムのなかからも当然、トランスジェンダーの問題に関しては反発が出ています。「保守系が反発」というような文言でステレオタイプに落とし込まず、議論が衝突している部分があるわけだから、「折り合いが必要だ」という方向に話を持っていくべきだと思います。

衝突している部分を「どうすれば調整できるか」と考えるのが政治の仕事

飯田)「みんながわかり合える社会」という理想は、理想としてもちろんある。ただ、どうしたって衝突する部分もあるのだから、そこをどう調節していくか。

佐々木)正しさは1つではなく、必ず衝突する場面があります。特にいまのような複雑で多様な社会では、何かの自由や権利を追求しようとすると、必ず誰かの自由や権利を侵害してしまう可能性があるわけです。

飯田)現在のような社会では。

佐々木)こちらを立てればあちらが立たず、という事例がたくさんあるわけだから、何が衝突するのかをまず透明化してわかりやすくする。その衝突している部分を「どうすれば調整できるか」と考えるのが政治の仕事だと思うのです。

飯田)調整することになると、当然ながら双方が不満を持ちます。お互いの100点にはならないけれど、「しかしながら」というところですよね。

佐々木)10点くらい、「少しマイナスを引き受けるか」ということになる。「それはけしからん」などと言っていたら、議論が終わってしまうわけです。

飯田)今度は相手側の100点で押し通そうとする形になってしまう。

佐々木)今回の場合、立憲民主党の内部でせっかく「折衷案でOK」と持っていったはずなのに、途中で内部の左派的な人たちから「こんな法案を飲むなんてけしからん」というような話が出て、結局は元の法案で出すという話になってしまった。

飯田)折衷案でまとまらず。

佐々木)そうすると折衷案をつくるのではなく、お互いが主張する法案をそれぞれ出すことになります。それでは数の多い自民党が勝ってしまい、「民主主義的にそういう議論でいいのか」という話になると思うのです。

飯田)そうですね。

佐々木)法案を出す手前で、きちんと「与野党で協議して折衷案をつくりましょう」という方向に持っていく。それができたら、それぞれの党内で合意を得るというプロセスをつくって欲しいと思います。

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