2025年10月15日(水)、東京都品川区・大井ふ頭中央海浜公園 スポーツの森 陸上競技場にて『TOKYO FORWARD 2025 アスリート特別授業』が開催されました。

『TOKYO FORWARD 2025 アスリート特別授業』は、開幕まで1ヶ月を切った東京2025デフリンピックに、東京2025世界陸上の熱狂をつなぎ、さらなる機運を高めていくことを目的にしたスペシャルイベント。
品川区立八潮学園 小学4年生 約140名が参加し、東京2025デフリンピック、東京2025世界陸上の日本代表の選手を“先生”として迎え、特別授業が開催されました。

岡田海緒選手、湯上剛輝選手、豊田兼選手
先生として登場するのは、デフリンピックでのメダル獲得をめざす岡田海緒選手(デフ陸上女子中距離走)、 日本史上初めて世界陸上・デフリンピックの両大会に出場する湯上剛輝選手(陸上競技・デフ陸上男子 円盤投)、そして世界陸上に出場した豊田兼選手(陸上競技男子400mハードル)の3名。
第一線で活躍するアスリートたちの特別授業ではどのようなエピソードが飛び出したのでしょうか。
トップアスリートが速く走るコツを伝授し、子どもたちは大興奮
まず登場したのは、2022年の第24回夏季デフリンピック競技大会の1500mで銅メダルを獲得したこともある岡田海緒選手。

岡田海緒選手
生まれつき耳がきこえず、高校までろう学校に通っていた岡田選手は、自らの強みを「粘り強さです」と力強く答えました。また、他の選手の足音や息づかいが聞こえない状況でどのようにレースを戦っているのかを聞かれると「前の人の動きや影、モニターなどを見て情報を集めています」と工夫を明かしました。
続いては、男子円盤投の日本記録・世界デフ記録保持者である湯上剛輝選手。

湯上剛輝選手
生まれて間もなく先天性難聴と診断され、左耳に人工内耳をつけて生活している湯上選手ですが、競技中はあえて外しているそうです。その理由を聞かれると、「何も聞こえなくなってしまうのですが、健常者と競技する際は自分だけの武器になります。どういうことかというと、聞こえない世界に入ることで、集中しやすくなるからです。競技場の雑音をシャットアウトし、集中力を高めています」と、湯上選手ならではのルーティンを語りました。
ラストを飾るのは、パリ2024オリンピック、東京2025世界陸上に出場した豊田兼選手。デモンストレーションでハードル競技の走りを披露し、あまりのスピードと躍動感に子どもたちは驚きの声を上げていました。

豊田兼選手
またデモンストレーションでは、子どもたちが湯上選手の普段投げている円盤を実際にさわる場面も。円盤の重さが2kgあることを知らされると「意外に重い!」「ええ〜!!」と驚きの声を上げ、トップアスリートのすごさを感じていました。

円盤をさわる子どもたち
円盤を遠くへ飛ばすためのポイントを聞かれた湯上選手は「筋肉はもちろん大事なんですけど、柔軟性も必要ですし、遠心力をうまく使うことも重要です。力だけかと思いきや、繊細な技術も求められる競技です」と回答しました。
さらに、風の影響について聞かれると「向かい風が有利だと言われています。向かい風が吹くと、円盤がより高く上がるからです。逆に追い風だと円盤が叩きつけられてしまって記録が伸びなくなってしまいます」と、自然との向き合い方についても明かしました。

岡田海緒選手
岡田選手からは、速く走るコツが伝授。まずは足を開き、アキレス腱を伸ばすストレッチからスタートです。足を上げたり、肩を回したりと、さまざまなストレッチで体を温めました。「速く走るときは、足と肩が大事です。肩や腕を大きく振ることがポイントです」「体をまっすぐにして、前かがみにならないようにしてくださいね」とレクチャーすると、子どもたちも嬉しそうに体を動かしていました。
デフアスリートに想いを届ける「サインエール」とは?
続いて子どもたちが学ぶのは、サインエール。サインエールとは、全ての人がデフアスリートに想いを届けられるように、目で世界を捉える人々の身体感覚と日本の手話言語をベースにつくられた応援スタイルです。

サインエールを教えてくれるのは、サインエール応援団の奥村泰人さん。まずは、ウォーミングアップも兼ねて、この日何度も見られている顔の横で両手をひらひらと動かす拍手の動きから。奥村さんの合図に合わせて、グループごとに拍手をします。どんどんテンポが上がっていく奥村さんの合図に、子どもたちも思わず笑顔になっていました。

岡田海緒選手
続いて、岡田選手、湯上選手も登場。拍手と同じように顔の横でひらひらとした両手を前に突き出し、アスリートにパワーを送るサインエールや、手話の動きを引用し「大丈夫!勝てる!」「日本金メダルをつかみとれ!」というサインエールを、選手たちと一緒に学びました。
「緊張はどう乗り越えるんですか?」にトップアスリートは何と答えた?
アスリートトークのコーナーでは、まずは豊田選手が登場。

岡田海緒選手、湯上剛輝選手、豊田兼選手
日本での開催となった世界陸上への出場を「1階席から3階席まで埋まっていて、日本選手が出場するたびにものすごい歓声が聞こえて、心が揺さぶられる大会になりました」と振り返りました。観客の声援についても「スタートラインに立ったときの不安な気持ちが歓声でかき消されてました。ものすごい力になりました」と感謝の言葉を伝えました。デフリンピックに出場する岡田選手、湯上選手には「初の日本開催という運命的な舞台で、力を発揮できることを願っています」とエールを贈りました。
また、豊田選手は、岡田選手に800m走という周りの選手とぶつかる競技において、いかにしてポジションを見つけていくのかを質問。

岡田海緒選手、湯上剛輝選手、豊田兼選手
「確かにぶつかることはあるので、目でたくさん見て情報を集めます。周りの選手やレーン、大型スクリーンなどを見ながら確認し、しかけるポイントを工夫しています」とデフアスリートならではの戦い方を明かした。

岡田海緒選手、湯上剛輝選手、豊田兼選手
続いては、湯上選手へ。世界陸上への出場を「自国開催だったのですごいエネルギーを受けられました」と振り返ります。また、司会者からサインエールの応援があったことを聞かれると、「初めてサインエールを目の当たりにしたのですが、本当に迫力があって、おかげで力を出すことに集中できました」と感想を語りました。デフリンピックへの意気込みとして「まだデフリンピックで金メダルを取ったことがないので、世界新記録で金メダルを獲得したいです」と力強く宣言しました。

岡田海緒選手、湯上剛輝選手、豊田兼選手
岡田選手は、デフリンピックに向けて「開催まであっという間なので、1日1日を大切にしながら練習に励みたいと思います」「東京は地元なので、特別な思い入れがあります。家族や友人、今まで応援してくれた人たちが来てくれるので、最高の走りを見ていただいて、いい色のメダルを取りたいと思います」と意気込みます。
また、初の日本開催となるデフリンピックについては「未来につながるような大会にしたい」と語ります。その真意として「これまでは、手話通訳がいなかったり、アナウンスや審判の説明が聞こえなかったりする大会に出場して、苦労したこともありました。どんな大会でも手話通訳がいたり、モニターに字幕がついていたり……暮らしやすい社会になるためのきっかけになったらいいなと思います」と想いを伝えました。
実は世界陸上の応援に行っていた岡田選手。現地の様子を「耳は聞こえないんですけど、地鳴りのような応援を感じ、皆さんの応援がパワーになることを客席で感じました。ぜひデフリンピックでも皆さんのパワーをいただいて、頑張っていきたいと思います!」と爽やかに語りました。

挙手する八潮学園の児童たち
子どもたちからは「緊張はどうやって乗り越えるんですか?」という質問が。いずれも「緊張するタイプだ」という3人は、それぞれ「毎日の練習を積み重ねて自信に変えていきたい」(豊田選手)、「緊張はしてしまうものなので上手に付き合っていきたい」(湯上選手)、「”自分はできる!”と自分を信じてレースに臨む」(岡田選手)と、トップアスリート流の緊張との向き合い方を答えました。
続いては、「メダルを獲ったら次は何を目指すんですか?」という質問が寄せられました。湯上選手は「自分の記録を伸ばすことを目指します」と力強く回答。すでに銅メダルを獲っている岡田選手は、「まずは金メダル。その先は記録。自分の限界を超える挑戦をしていきたい。その先には、健常者のレースで活躍したい」と展望を明かしました。
岡田選手には「1日どのぐらい走っていますか?」という質問が。「1日の練習時間は、2時間から3時間ぐらいです。8km〜10kmぐらい走っています。1日の目標に合わせてトレーニングのメニューを考案しています」と答え、日常の様子を垣間見せていた。
岡田選手の回答を受け、「普段はどんなトレーニングをしているんですか?」という質問も。豊田選手は「ハードルを飛ぶ練習や全力疾走する練習などを一週間のなかで計画しています」、湯上選手は「力を付ける筋肉トレーニングをしています。あとは瞬発力を身につけるために、短い距離をダッシュしたり、ジャンプしたりすることもあります」、岡田選手は「私は中距離走のランナーで、スピードもスタミナも求められるので、すべてバランスよく練習しています」と答え、陸上競技の奥深さを目の当たりにした子どもたちはうなずきながら聴いていました。

取材に同行した新行市佳アナウンサー
当日は、会場内に『東京2025デフリンピック カウントダウンツアー』のカウントダウンモニュメントも登場しました。“みんなでつくる”をコンセプトに、競技開催地を巡りながら、モニュメントの桜のオブジェを応援の想いが込められた「折り鶴」で満たしていきます。

八潮学園の児童たち
この日は、3人の選手、そして子どもたちの代表が折り鶴を入れて、また一歩“満開”に近づきました。
「こういうイベントがもっとあればいいのに」
最後に、特別授業に参加した子どもたちと選手たちにこの日の感想を聞いてみました。

八潮学園の児童たち
目の前で行なわれたデモンストレーションを見たり、サインエールを学んだりした子どもたちからは「手や表情で表現するのが楽しかったです」「手話を覚えて、耳が聞こえない人たちとよりわかりあっていきたい」「サインエールを学べて、よかったです。またやりたいです」「豊田選手がハードルを跳ぶ様子が、キレイで印象的でした」といった前向きな声が寄せられ、デフリンピックへの関心も深まった様子でした。

湯上剛輝選手
また、選手は「子どもたちはたくさんの方に集まっていただき、短い時間ながら湯上選手が競技で使用している円盤に触れたり、豊田選手の走りを目の前で見たり、といった経験ができたと思います。デフリンピックはもちろん、陸上競技に興味を持ってもらえたら嬉しいです」(岡田選手)、「デフリンピックに興味を持ってもらえたことは僕自身すごく楽しかったです。こういうイベントがもっとあればいいのに、と思いました」(湯上選手)、「子どもたちとの交流を通じて笑顔を見れたことが嬉しかった。自分自身も学ぶことが多かったです。デフリンピックに出場する選手たちを心から応援しています」(豊田選手)と振り返り、充実した時間を過ごせたことを明かしました。
さらにサインエールについて岡田選手は「サインエールは今回のデフリンピックが初めての試みなので、試合で見られるのが楽しみです」と笑顔で語り、デフリンピックでの活躍を期待させてくれました。

岡田海緒選手
2025年11月15日から12日間にわたって、世界中の70〜80ヶ国・地域から約3000人が参加する『東京 2025 デフリンピック』。日本からも、岡田選手、湯上選手をはじめとするトップアスリートが出場します。さわやかな秋の日差しのなかで、彼らが躍動する姿に期待せずにはいられません。
<東京 2025 デフリンピックについて>
■東京2025デフリンピックの概要
正式名称:第25回夏季デフリンピック競技大会 東京2025
招致主体:一般財団法人全日本ろうあ連盟
日程:2025年11月15日~26日(12日間)
競技数:21競技
競技会場:都内各所、および静岡(自転車)、福島(サッカー)
選手数:70~80か国・地域から約3,000人が参加
■デフリンピックの概要
・国際ろう者スポーツ委員会(ICSD)が主催し、夏季と冬季それぞれ4年毎に開催される、デフアスリートを対象とした国際総合スポーツ競技大会
・第1回は、1924年フランスのパリで開催
・2025年夏季大会は100周年の記念となる大会で、日本では初めての開催
・「デフリンピック」の名称は2001年に国際オリンピック委員会(IOC)が承認
・競技は一般の競技ルールに準拠するが、競技場に入った時点から、補聴器等の使用は禁止されることや、競技運営に国際手話のほか、スタートランプや旗などを利用した視覚によ る情報保障が特徴
※過去大会の開催地
【夏季大会】
2021 カシアス・ド・スル(ブラジル)
2017 サムスン(トルコ)
2013 ソフィア(ブルガリア)
【冬季大会】
2023 エルズルム(トルコ)
2019 ヴァルテッリーナ(イタリア)
2015 ハンティ・マンシースク(ロシア)





