木村敬一選手 東京レガシーハーフマラソン2022への挑戦
公開: 更新:
-新行市佳のパラスポヒーロー列伝-
ニッポン放送アナウンサー・新行市佳が、注目選手や大会の取材などを通して、パラスポーツの魅力をあなたと一緒に発見していきます
10月16日、東京オリンピック・パラリンピックのレガシーを継承することを目的とした「東京レガシーハーフマラソン2022」が開催されました。
国立競技場をスタートし、富久町、水道橋、神保町、神田を通って日本橋で折り返し、国立競技場に戻ってくるというコース。東京パラリンピックのマラソンコースを活かしたこのコースを、エリート選手やパラアスリート、市民ランナーら約1万4000人が走りました。
そのランナーの1人に、東京2020パラリンピック競泳金メダリスト・木村敬一選手の姿がありました。
7月中旬、東京レガシーハーフマラソン2022に協賛するスポーツ用品メーカーのアシックスからの打診を受けて、大会への参加を決意した木村選手。8月末からジョギングをスタートさせ、約1ヵ月半でハーフマラソンに挑戦しました。
そんな木村選手の事前練習の模様を取材すべく、本番を控えた10月12日夕方、光が丘公園へ行きました。小雨がパラパラと降り、鈴虫の鳴き声が響き渡る3キロのコースを2周。伴走者の福成忠さんと会話しながら、本番を想定したペースで走りました。
「オリパラが終わって1年経ち、なかなかパラスポーツの盛り上がりを継続していくのは難しいなと、我々アスリートも思っていました。そのなかで、いろいろな方々が考えを出し合ってレガシーになる大会をつくってくださったと聞き、選手をやっているので、身体が動く以上は、そういうものへの関わり方は身体を動かして参加していくことかなと思いました。パラスポーツが盛り上がり続けるきっかけになればいいなと」
東京レガシーハーフマラソン2022への出場を決めた理由をこのように明かした木村選手ですが、脚への衝撃、路面の状況や天気など気にしなくてはいけないことが多いと、マラソンで感じた難しさについても語りました。
一方で、1つの目標を立て、そこに向かって確実にステップを踏むプロセスをこれまで何度も水泳で積み重ねてきたことから、その経験を活かせているとも言います。
水泳と並行してマラソンの練習を行い、9月中旬にはジャパンパラ大会にも出場した木村敬一選手。現役の水泳選手が1ヵ月半でハーフマラソンを走るという過酷な挑戦について、ランニングコーチの森川優さんは「(水泳で培った)筋力があったらから間に合いました」と振り返り、「問題ないでしょう。ちゃんと調整してくるところは流石ですね」と背中を押しました。
大会前日、国立競技場で行われたパラ陸上教室に参加した木村選手へ、増田明美さんからアドバイスがありました。
「敬一さんのような闘争心溢れる人は、オーバーペースになりがちだから、前半は抑えた方がいいと思う。前半のオーバーペースはだめよ! 心のなかでいろいろな景色を思い浮かべながら、ピクニック気分で走ってください」
木村選手からの「しんどくなったらどうしたらいいですか?」との質問には、「終わったあとのご褒美を考えること」と回答し、「ゴールに向かってエンジョイ!」と激励しました。
そして迎えた東京レガシーハーフマラソン2022当日。これから始まる冒険にワクワクしているような表情を浮かべてスタートした木村敬一選手は、2時間23分2秒でフィニッシュ。この瞬間、大歓声に包まれながら国立競技場で走れる幸せを噛みしめていたそうです。
ミックスゾーンで開口一番に飛び出した言葉は「めちゃくちゃしんどかったです。この世の終わりかと思いました」でした。
「折り返す直前にキツイやつだなぁというのがきて、折り返して12キロ過ぎで、これはあんまり芳しくないなという感じになってきて」
「全身が正座したあとのようで、鼻先までピリピリしている」と身体の疲労具合について話した木村選手ですが、すれ違うランナーや沿道の人にたくさん声を掛けられて、「これはすごく気持ちのいいものだなと思いましたね」とマラソンの醍醐味も実感されたようでした。
伴走者の福成さんは、「いい走りを最後まで維持できたと思います」と太鼓判。「この経験を競泳や今後の活動に活かしていただければ」とのエールに、木村敬一選手はこう締めくくりました。
「あらゆる方面で(この経験を)活かしていきたいなと思いますね。楽しい冒険でしたので」
この記事の画像(全7枚)