番組スタッフが取材した「聴いて思わずグッとくるGOODな話」を毎週お届けしている【10時のグッとストーリー】

きのう7月1日、富士山の山開きが行われましたが、今日、ご紹介するのは還暦を過ぎてから毎日富士山に登り続け、登頂回数が1,300回を超えた男性のお話。

2012年8月11日。拍手に迎えられながら富士山の頂上に立ち72歳にして「通算1,000回登頂」を果たした男性がいます。
神奈川県秦野市に住む、佐々木茂良さん。
その後も毎年、シーズンになると富士山に登り続け、登頂回数は去年の時点で1,361回に達しました。

それまで教員として、養護学校の校長も務めてきた佐々木さん。
定年退職後、教育に注いできた情熱は、行き場を失ってしまいました。
第二の人生でも、充実感や達成感を味わえるものはないだろうか？…
そう考えた佐々木さんは、健康な体作りも兼ねて61歳から登山を始めます。
それまでまったく山に登った経験はありませんでしたが、まずは標高1,200ｍ級の、箱根にある金時山への登頂からスタート。

何度も登っているうち、偶然途中で見えたある景色に、佐々木さんはハッと息を呑みました。
それは、はるか向こうにそびえ立つ、富士山の姿。

「次は、あそこに登ってみよう」

そう決意した佐々木さんは、64歳から、標高3,776ｍの富士山登頂に挑戦しました。
目標は小さなことにクヨクヨ思いわずらう、自分の性格を直したい。
そして何事があっても動じない、富士山のような懐の深い人間になりたい。
佐々木さんはこう言います。

「自分は64年かけて、富士に登る準備をしていたんです」

それから、富士登山が解禁になる夏の期間中は、毎朝4時に起き、5時に車で家を出発。
7時に富士山麓の5合目に到着し、そこから登山を始めます。
年齢をまったく感じさせない鍛え上げられた健脚で、およそ3時間半で頂上へ。これはかなり速いペース。

しかし、決して無理はしないのがモットーです。天候が少しでも悪くなると、登頂はお休み。
途中まで登っていても、すっぱり諦め、引き返します。

「実は以前、もう少しで頂上だからと無理して登り、大ケガをしたことがありましてね」

山の天気は気まぐれで、いきなり突風で飛ばされ、胸や腰を強打したこともありました。
時に、自然の恐ろしさをむき出しにする…それもまた、富士山なのです。

でも10年以上同じ山に登っていて、飽きることはないんでしょうか？
佐々木さんによると、富士山は他の山と違って、登るたびに表情を変えるそうです。

「同じルートを通っても、こちらの体調や心持ちによって、景色も違って見えてくる。その景色を見ていると、日々の過ごし方のいろいろなアイデアが湧いてきます。だから全然飽きませんね」

今では、富士山の声が聞こえてくるようになったとか。ちなみに、その声は女性だそうです。
道中すれ違う、他の登山者との交流も、佐々木さんにとって、富士登山を続ける大きな原動力になっています。
「どこから来たんですか？」
「登るのは何度目？」
と気軽に声を掛けたり、あまりに軽装備で来る初心者には
「山をなめてはいけませんよ」
と注意することも。

そしてもう一つの楽しみが、頂上で味わうパウンドケーキ。
同い年の奥様が焼いてくれたもので、佐々木さんは手作りのこのケーキが大好物。
ただし登山に関しては、特に応援するのでもなく、反対するのでもなく、ただ見守ってくれているそうです。
でも、その関係がいいのかも。

「普段、女房は全然褒めてくれないんですが、1,000回登頂のときだけは『よくやったわね』と褒めてくれました」

…その奥様とは、来年、金婚式を迎えます。

今月19日に76歳の誕生日を迎える佐々木さんですが、目標は米寿・88歳まで富士登頂を続けること。
特にアスリートでもなかった自分が、還暦を過ぎてからコツコツ日本一の山に登り、1,300回以上も頂上に立てた。
登山によって、自分の内面が広がり、深まっていく実感はなにものにも代えがたい喜びがあると、佐々木さんは言います。

今年は腰を痛めたため、大事をとって静養していましたが、あす7月3日から、今年初めて富士山に登るそうで、まだまだ、富士山との付き合いは続いていきます。

「私の場合は登山でしたが、『人には、それぞれの富士山がある』と思うんです。自分が大切にしているものを究めてみることが、人生にとっては大事じゃないでしょうか。」