佐渡から、嬉しいニュースが飛び込んできました。
佐渡の自然の中で生まれ育ったトキのペアから、4月に“純野生”のひなが誕生。
6月1日、そのひな2羽の巣立ちが確認されたのです。
ともに自然育ちの両親から生まれたトキのひなが巣立つのは、実に42年ぶりのこと。
日本産のトキは2003年に一度絶滅しましたが、佐渡島のトキ保護センターが、中国から送られた5羽のトキをもとに、人工繁殖に成功。
ある程度の数が育った2008年から自然に返す“放鳥”を毎年繰り返した結果、ついに自然生まれのひなが巣立つところまでたどりつきました。
このトキ保護センターに9年間勤務、飼育と放鳥に関わってきたのが、新潟県職員の和食雄一(わじき・ゆういち)さん・38歳。
トキに関わったのは、まったくの偶然でした。
和食さんは、獣医を育成する東京の大学を卒業後、犬と猫専門の病院で働いていましたが、大学時代に指導を受けた教授の勧めで、新潟県の職員採用試験を受け合格。
専門は犬と猫なので、保健所関連の仕事に就くとばかり思っていたら、配属先はなんと「トキ保護センター」でした。
2005年、なじみのない佐渡島に渡り、トキの飼育に携わることになりましたが、獣医師とはいえ、鳥類は専門外で勝手が分からず、最初のうちは戸惑うことばかりだったそうです。
「トキはたいへん臆病な鳥で、ケージの中に人間が入っていくだけで飛び回るんです。サクにぶつかって負傷することもあるので、エサをやるときも慎重でないといけません」
という和食さん。
なにせ国の特別天然記念物、しかも動物園と違い、野生に返すことが前提なので、「人に慣れさせてはいけない」という制約もあり、かなり神経を使いました。
また、ひなが卵から孵りそうになると、センターに泊まり込むことも。
そんな和食さんに、トキへの接し方を教えてくれた師匠が、金子良則さん。
中国からペアのトキを譲り受け、1999年、日本初の人工ふ化に成功した第一人者です。
しかし金子さんは「自分で見て学べ」という職人タイプ。手取り足取り教えてはくれませんでした。
「新入りの頃は、口を利いてもらえないこともありました」
という和食さん。
金子さんの動きを漏らさず見て、必死で研究しているうちに、金子さんもアドバイスをくれるようになりました。
そんな中、トキ保護センターに新たな動きが起こります。トキの数が増え、ある程度の個体数が揃ってきたことから、自然界で生きていくための訓練をする「野生復帰ステーション」が設立され、金子さんが責任者として赴任することになりました。
代わって、2007年から和食さんがトキ保護センターの責任者に就任。
金子さんがやってきた仕事を引き継ぐことになったのです。
自然界に放っても大丈夫なトキを育て、金子さんに引き渡す役目で、プロジェクト成功のカギを握る重要な立場。
当時、保護センターにトキは100羽近くいましたが、一羽一羽個性も違えば、育ち具合も違います。
それをすべて把握し、野生に返すトキと、繁殖のためセンターに残すトキの選別もしないといけません。
和食さんが「野生復帰ステーション」に送り込んだ、野生への適性があるトキは、今度は金子さんの手で自然界で生きていけるよう訓練され、2008年、ついに初の「放鳥」が行われました。
トキが自然に放たれた数日後、定点観測をしていた和食さん。忘れられない出来事がありました。
「自然に放たれたうちの一羽が、私の方に飛んできて、頭の上をぐるっと回ったんです」
育ててくれたお礼を言いたかったのか、まるで別れを惜しむかのように、そのトキは自然界へと返っていきました。
「もしかしたら、サヨナラ、って言ってくれたのかもしれません」
和食さんはその後、トキ保護センターから異動になり、現在は佐渡を離れ、家畜を伝染病から守る仕事を担当していますが、トキの動向は、常に気に懸けています。
「今いる野生のトキは、すべてたった5羽の子孫なので、遺伝的なことを考えると、中国から新しいトキを導入して、その子孫を増やし、放鳥する必要があるんです」
という和食さん。
京都大学の教授から、その件について論文を書くよう勧められ、3月に論文博士号を受けました。
和食さんは、こう言います。
「トキを絶滅させたのも人間ですし、再び増やしたのも人間です。保護と言っても、結局は人間のエゴじゃないか?・・・そんな矛盾は感じますが、だからこそ再び、絶滅だけはさせてはいけない、そう思いますね」
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