「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。
最近、改めて幕の内駅弁が注目を集めています。幕の内弁当のいいところは、さまざまな美味しいものを少しずつ味わえること。時として、盛り付けの美しさも目を引きます。その一方、作り手さんの立場からすると、製造工程が多く、手間のかかる弁当でもあります。しかし、そんな手間をいとわず、24種類ものご飯とおかずを1つの箱に盛り付けた弁当が、青森・津軽地方にあります。
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第43弾・つがる惣菜編(第1回/全3回)
津軽平野にそびえる岩木山。標高は1625mで青森県では最も高い山です。そのふもとを駆け抜けていくのは、秋田~弘前・青森間を、五能線経由で運行している快速列車の「リゾートしらかみ」。五能線の名は、五所川原と能代を結ぶことに由来します。日本海の絶景にファンが多いローカル線ですが、じつは、青森県内の岩木山を望む風景やりんご畑のなかを列車が走る風景も大変美しいものです。
五能線・五所川原駅から歩いて10分ほどの国道沿いに社屋を構えるのが「つがる惣菜」。「つがる惣菜」は、五所川原を拠点に、平成22(2010)年の東北新幹線全線開業時から新青森駅の駅弁を製造しています。現在は、弘前駅や東京駅の「駅弁屋祭 グランスタ東京」での取り扱いもあります。恒例の「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第43弾は、早朝の「つがる惣菜」に伺って、下川原伸彦代表に駅弁の製造現場をご案内いただきました。
「つがる惣菜」を代表する駅弁と言えば、東京駅でもおなじみの「津軽めんこい懐石弁当 ひとくちだらけ」(1350円)です。青森県津軽地方のユニークな郷土料理を何と24種も“ひとくち”ずつ詰め込んだ、日本随一の手間をかけた駅弁です。24種のご飯やおかずがあるということは、24の製造工程があるということ。全部で30人に満たない従業員さんで、いったい、どのように作っているのでしょうか?
●家庭用炊飯器あり、手作業ありのご飯づくり
午前5時過ぎの調理場に伺うと、ちょうど青森名物のほたてを使った「ほたて飯」が炊きあがったところでした。活躍しているのは、何と家庭用の炊飯器。「使用量は決して多くないので、家庭用で十分です」と、下川原代表は話します。いい香りと共に炊き上がったほたて飯は、寿司のシャリを握る機械に投入され、「ひとくち」サイズになって出てきました。さっそく手で形が整えられていきます。この他、味付けご飯には、しじみご飯もあります。
つがる惣菜では、青森県産のつがるロマンを使用。白飯は大きいガスの丸釜で炊かれています。「ひとくちだらけ」では、白飯は若生(わかおい)おにぎりで楽しめます。若生とは、薄く柔らかい1年昆布のこと。津軽では漁師が沖に出るときや山に仕事に入るときなどに、このおにぎりが作られてきました。太宰治の好物としても知られています。昆布のぬめりも、魅力ですが、駅弁では安全性を高めるため、サッと湯通ししたものを使っているそうです。
一層、津軽らしさを感じさせてくれるのが「いなり寿司」です。驚くのは、酢飯が赤いこと。津軽では酢飯に紅生姜を刻んで混ぜ込むのが一般的だと言います。しかも、もち米を使用するため、もちもちとした食感が特徴で、甘い味付けが施されます。つがる惣菜では、かつて機械化を試みたものの、味付けされたもち米の強い粘りの前に機械が音を上げてしまい、いなり寿司は手作業で作ることになったそうです。
●じつは構想段階では「50種」だった!?
一方、調理場では、ご飯以外のおかずも準備が進められていきます。目の前では、菊のおひたしが「ひとくち」大に小分けされていました。青森県は全国有数の食用菊の生産量を誇る県です。さらにもち米を蒸して作られる「すしこ」や「紅鮭寿司」といった郷土料理や、牛バラ焼きや黒石焼きそばをはじめとしたB級ご当地グルメもカバーしているのが、「ひとくちだらけ」のすごいところです。
そのなかにあって、一部の煮物や揚げ物などは、前日までに仕込みを終え、冷やしておき、早朝の盛り付けの時間に合わせて登場します。さすがに当日仕込みでは、駅弁づくりに間に合わないというわけですね。しかし、下川原代表によると、じつは最初の構想では、「50種類」のご飯とおかずを揃えようとしていたと言います。でも、50種のご飯・おかずが入る容器がなくて、最多が「24マス」の容器だったことから、24種になったのだそうです。
●圧巻の24種、一斉盛り付け!
当日の製造予定個数のご飯やおかずが揃うと、一斉に24種の盛り付けが始まります。間違いのないように、盛り付けのサンプル写真は置いてありますが、見ながら盛り付ける従業員さんは皆無。皆さん、熟練の技でどこに何を入れるのか、体が憶えているようです。真っ白な24マスが、1人3回転くらいしながら、あっという間に、ご飯やおかずに彩られていく様子は圧巻! まるで劇場の舞台を見ているかのようでした。
「盛り付けは、ななめ45度がカギ」と話すのは、つがる惣菜の下川原代表。盛り付けには、代表自ら参加し、新幹線のリクライニングシートに座ったお客様がななめ45度の視線で、ふたを開けた瞬間にどう見えるかをイメージしながら、1つ1つチェックして整えていきます。黒い箱にしているのは、できるだけ見えないようにして、開けたときのサプライズ感を演出したいという理由から。取引先にも24マスの容器が入る箱がこれしかなかったと言います。
【おしながき】
・ほたて飯
・いなり寿司(津軽の赤いおいなりさん)
・しじみご飯
・若生おにぎり
・鶏肉のくわ焼き
・牛肉のバラ焼き
・豚肉の味噌漬け焼き
・牛肉の源たれ焼き
・すしこ
・紅鮭寿司
・赤かぶ漬け
・きゅうり漬け
・生姜味噌おでん
・煮物(人参、椎茸、こんにゃく、高野豆腐)
・手作り玉子焼き
・菊のおひたし
・ほたて煮
・なすのしそ巻き
・ほたての唐揚げ
・鶏肉の塩焼き
・かぼちゃ餅
・黒石焼きそば
・酢ほたて
・イカメンチ
「ひとくちだらけ」は平成30(2018)年、つがる惣菜の各種弁当のオイシイところを集めて生まれました。容器は、昔、グアム土産で貰ったチョコレートの箱がヒントになったそうです。発売以来、高い人気を誇る「ひとくちだらけ」ですが、コロナ禍では1日10個程度しか製造できない日々もありました。でも、作る手間は、平時とほぼ変わらないため、約10人の従業員さんが10個の弁当を、心を込めて作り上げたと言います。
「ひとくちだらけ」をはじめとした「つがる惣菜」の駅弁は、新青森駅では新幹線改札内のブナの森、弘前駅では改札外の「津軽弁」特設売店で販売されています。青森県側から五能線の「リゾートしらかみ」に乗車する際は、新青森・弘前での弁当購入がお薦めです。このユニークな弁当を開発した「つがる惣菜」とは、どんなお店なのか? 「ひとくちだらけ」ヒットの陰にあったご苦労など、次回以降、下川原代表に伺っていきます。
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連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/