番組スタッフが取材した「聴いて思わずグッとくるGOODな話」を毎週お届けしている【10時のグッとストーリー】

今日は、歌手・坂本九さんの「人生を変えた一曲」にまつわるストーリーを当時のレコーディングディレクター草野浩二さんに伺いました。
すべて、節目に夏が絡んでいます。

今から56年前1960年の夏…東芝レコードに、あるバンドが移籍してきました。
「ダニー飯田とパラダイスキング」。「パラキン」という愛称で呼ばれていたこのグループを担当したディレクターが、草野浩二さん。
昭和の歌謡史を彩る数々のヒット曲を手掛けた名ディレクターですが、この頃は大学を出たばかりの新入社員でした。
当時、パラキンのボーカルとして歌っていたのが、１８歳の坂本九さん。ステージでは人気者でしたが、まだヒット曲はありませんでした。草野さんは、九さんとの最初の出逢いについて、

「私も大学を出たばかりで、年が近かったので“九坊（きゅうぼう）”って呼んでました。ニキビ面で、本当にどこにでもいるようなおニイちゃんでしたね。」 

1960年8月、草野さんは、パラキンの東芝移籍第1作『悲しき60才』をレコーディング。
トルコの楽曲に、放送作家・青島幸男さんが歌詞をつけ、九さんが歌いました。
草野さんにとってはディレクターとしての初仕事、青島さんも作詞家第一作でしたが、これがいきなりヒット。
九さんにとっても、初めてのヒット曲になりました。

この頃から、一般の家庭にもテレビが普及し始めましたが、大物歌手たちは「なんで自分の歌をタダで聴かせなきゃいけないんだ」とテレビ出演を敬遠していた時代。
九さんはむしろ積極的にテレビで歌い、その庶民的な笑顔で人気を集めていきました。草野さんは言います。

「九坊のような、テレビ時代の新しいスターにふさわしい曲を作ろうと思ってました。」

翌1961年7月。
東京・大手町で作曲家・中村八大さんのリサイタルが行われ、この日のために八大さんが書き下ろし、永六輔さんが作詞した曲を、九さんが歌いました。
客席で聴いて「これはいい曲だ！」と思った草野さん。
それは『上を向いて歩こう』でした。

まさにテレビ時代のスターが歌うにふさわしい、誰もが口ずさめる歌。
1961年の夏、九さんのソロシングルとして、有楽町のスタジオでレコーディングが行われました。

「東芝は新しいレコード会社なので、好きなことができたんです。専属の作家先生もいないから、八大さん、永さんのようなフリーの作家と自由にやらせてもらえました。」

特に、他のレコード会社だったら許されなかったかもしれないのが、九さんの独特の歌い回しです。
憧れのプレスリーや、お母さんから教わった小唄などの影響もありましたが「何だ、その変な歌い方は！」と否定的な声も多い中、作曲の中村八大さんは「その歌い方でいい」と一切直さず、草野さんも、あえてそのままの歌い方でレコーディングを進めました。

「これまでの歌謡曲とは違ったものを作ろう」…そんな意気込みを持つ人々が集まって作られた『上を向いて歩こう』は、発売されるやいなや、爆発的なヒットを記録。
そして、ヒットは国内にとどまりません。
イギリスのあるレコード会社の社長が、来日中に偶然『上を向いて歩こう』を聴き、帰国後、『スキヤキ』というタイトルで発売。
これがイギリス、アメリカで火がつき、九さんのオリジナル盤も1963年の夏、ビルボードで全米1位を獲得。
もちろん、日本人初の快挙でした。

まさか海外でそんなことになっているとは、全然知らなかったという草野さんはこう言います。

「まさに、拾った宝くじが大当たりしたようなもんですよ。会社中大騒ぎになりました。九坊の、あの独特の歌い方が、外国人の耳にフィットしたのかもしれないですね。」

『スキヤキ』は世界35ヵ国で発売され大ヒット。九さんは一躍、国際的スター歌手になりました。
変な歌い方と否定された「独特の歌い回し」は、多くの人に愛されたのです。

この曲で人生が大きく変わった九さんと草野さんの交流は、その後も続きますが、1985年、九さんは新しいレコード会社に移籍。
第一弾として『心の瞳』という曲を発表します。

新しいスタートを切ったその夏。
8月12日の夜中に、草野さんは九さんの乗った飛行機が消息を絶ったという報せを聞きます。
草野さんは、翌日すぐに坂本家へ駆け付けますが、なんとか生きていてほしい、という願いもむなしく、帰らぬ人に…。

以来、毎年8月12日になると、九さんのお墓参りを欠かさない草野さん。

「あの夏、初めて会ったときも思ったけど、近所のおニイちゃんのような親しみやすさが九坊の魅力だったね。それが世界の人たちにも伝わったんじゃないかな。」