「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。
駅弁を買うシチュエーションは、2つのパターンがあります。1つは、まず腹を満たすために、いま売店にある弁当を買う。もう1つは、どうしても食べたい弁当があって、ワクワクしながら売店へ足を運んで買う。とくに後者のワクワク感は、旅の楽しみと結びつき、いつまでも思い出の味として記憶に刻まれます。創業130年超の老舗、静岡駅弁・東海軒には、そんな気持ちの高揚感に包まれて、売店に足を運んで下さるお客さまがいると言います。
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第29弾・東海軒編(第5回/全6回)
静岡出身の私が離れて感じた「静岡のいいところ」は、やはり富士山が見えることでした。通勤・通学の途中、日常の暮らしのなかに、当然のように富士山があるのが静岡です。ただ、静岡県は広いため、住んでいる地域によって、「好み」の形が分かれるのも特徴。南西地域の方は3776mの剣ヶ峰が真ん中で宝永山は右側になりますが、南東地域の方は、宝永火口がドーンと真ん中に来る“活火山の”富士山が印象的かも知れません。
日々の暮らしのなかで、身近なものの「いいところ」を探すのは、意外と苦労するものです。15年前、静岡駅前から市内の登呂に本社を移転した静岡駅弁・東海軒。平尾社長は、約10年前、お父様から受け継いで業界未経験でトップに就きました。そんな平尾社長は、自社のいいところを知るために、いったいどんなことをしたのでしょうか? 「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第29弾・東海軒編、平尾社長のインタビュー、続編です。
●全国の駅弁をひたすら食べて、自社のよさに気付いた!
―平尾社長が就任して10年あまり、駅弁業界は未経験だったそうですが、いろいろな「発見」がありましたか?
平尾:正直、こんなに儲からない事業がまだ世の中にあったことにビックリしました。まるで石器時代に戻ってしまったかのような古い(悪)慣習も残っていました。そこで、老舗ならではの常識を1つずつ丁寧に「壊して」いくことにしました。まずは(弁当の)製造部門や販売部門など、それぞれのリーダーの力を活かしながら(間接的に)改めていく手法を取りました。いまでは、会議も社員が自由闊達に議論できる場に大きく変わってきました。
―大変だったのは、どんなところですか?
平尾:東海軒の「いいところ」を見つけることでしょうか。そこでほぼ毎日、仕事帰りに静岡駅に立ち寄って、自社の駅弁を買って食べるところから始めました。自社の弁当をすべて食べたら、他社さんの駅弁も食べられる限り、とにかくいただきました。これによって、東海軒が作っている駅弁の“相対的な位置”を確認していきました。結果、「東海軒の駅弁は全国の駅弁のなかでもかなり美味しい。これが最大の強みだ!」と気付くことができました。
●その年でいちばん美味しいお米を、全国からブレンドで!
―いまの場所(登呂)に移転したのはいつですか? 登呂工場ではどのくらいの量の弁当を作っていますか?
平尾:いまから15年前、平成18(2006)年に静岡駅前からいまの登呂に移りました。これは、駅前の再開発事業によるものです。いまの場所には弁当の折箱を作る工場がありました。弁当の製造拠点は本社工場と、平成26(2014)年に大鉄フードを買収して稼働した島田市の金谷事業部工場の2拠点です。日によって大きな差がありますが、登呂では、平均1日3000~4000食の弁当を製造しています。1年間では大体120~130万食ですね。
―駅弁作りで、とくに意識されていることは?
平尾:意識しているのはブレないことです。東海軒の弁当の軸は「美味しさと品質」です。とくに「ご飯、お米」がいちばん大事です。毎年、新米のシーズンには、2~3ヵ月かけて社内で次の年の米を決めています。東海軒では3社の米屋さんと取引があります。各社さんに「今年のとくに美味しいと思うブレンド」をいくつか推薦してもらっています。ですので、栃木米○○%、山形米○○%といった形で、産地やブレンドの比率は、年によって変わります。
●東海軒の駅弁を買うためだけに、バスに2時間揺られてくるお客様!
―“お米会議”のようなものがあるんですか?
平尾:新米試食会ですね。幹部、製造、営業、事務方の社員はもちろん、パート勤務の方にも、主婦の目線から試食してもらいます。米には炊きたてで美味しいものはいくらでもあります。でも、駅弁には「冷めても美味しい」という重要な使命があります。相当高価なAランクの米を使っています。ランクは落とせません。味がブレないよう自動炊飯システムを使って、常連・リピーターさんからは、「東海軒は米が美味い!」と高い評価をいただいています。
―私も静岡駅で観察していて感じますが、東海軒の弁当は、本当に地元の皆さんに愛されていますよね?
平尾:静岡市は南北に長いまちです。北部の梅ヶ島という地区から静岡駅へ出るにも、路線バスで約2時間かかります。店員から聞いた話ですが、月に1回、年老いたご夫婦がバスに2時間揺られて静岡駅の売店を訪ねて下さるんです。そして幕の内弁当と元祖鯛めしを買って、再び2時間、バスに乗ってご自宅まで帰られると言います。百貨店にも行かず、外食もされず、“東海軒の駅弁だけを買ってお家に戻られる旅”が、月に一度の楽しみだそうです。駅弁1つお求めになるために、わざわざ2時間かけて足を運んで下さる方がいると聞いて、私は本当に涙が出るほど嬉しくなりました。
長年にわたって、静岡駅の人気駅弁・不動の1位を誇るのが、「幕の内弁当」(880円)。昨年(2020年)からは、掛け紙に描かれていた武将の絵が、武田信玄からより静岡らしく、今川義元に代わったのが記憶に新しいところ。駅弁草創期から“普通弁当”として、どの駅弁販売駅でも販売されてきた幕の内弁当ですが、いまも人気駅弁として名を連ねることからも、静岡駅の「幕の内弁当」のクオリティの高さが伺えます。
【おしながき】
・白飯 梅干し ごま
・焼き鯖
・蒲鉾
・玉子焼き
・チキンカツ
・海老フライ
・煮物(鶏肉団子、豚肉。筍ほか)
・中華煮
・うぐいす豆
・わさび漬け
・桜漬け
日本で収穫された米のなかから「その年でいちばん」のブレンドを実現し、社員やスタッフ全員で作り上げる東海軒の白いご飯が、ギュッと詰まっているのが「幕の内弁当」の真骨頂。うま味ぎっしり、心地よいもちもち食感のお米に、脂がのった焼き鯖、蒲鉾、玉子焼きの「三種の神器」はもちろん、海老フライ、チキンカツ、筍煮などのおかずが次々と進みます。お米が絶対的に美味しいという信頼が生む安心感で、心まで満たされる幕の内です。
まさに、その年の“日本一”の米が詰まっていると言っても過言ではない「東海軒」の駅弁。できれば、“日本一”の山・富士山を眺めながらいただきたいところですが、残念ながら「のぞみ」に乗ってしまうと、その望みは叶えることができません。東海軒では厳しいコロナ禍でも、さまざまな取り組みのなかで、新たな「ひかり」が見えてきたようです。次回は、東海軒・平尾社長に、9月10日から始めたクラウドファンディングの話を伺います。
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https://www.makuake.com/project/ekiben/
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/