「いつか都会ではないどこか、自然豊かな場所で暮らしたい」「起業して好きな仕事に打ち込みたい!」。多くの人が思い描くそんな夢を叶えた女性がいます。
千葉県館山市でオープン・シェア・アトリエ「スペース・マザーズタッチ」を主宰、着物や古布を再利用したオリジナル小物を販売するネットショップ「マザーズタッチ」の運営も手掛ける、佐原文子さんです。
佐原さんが館山に移住したのは、約7年前。もともと都心で暮らし、マーケティング会社などでバリバリと働くキャリアウーマンだった佐原さんですが、次第に過労と都心で暮らすストレスで体調を崩すようになり、10年ほど前から地方移住の準備を進めていたそうです。
「移住後は自宅で仕事をすることに決めていたのですが、自宅と仕事場が一緒になることによって、仕事とプライベートのメリハリがつかなくなることが不安でした。もともと仕事好きなので、放っておくと1日中、仕事をしてしまう自分の姿が想像できてしまって…(笑)」という佐原さん。
考えた末に彼女が選んだ解決法は、新生活の「相棒」を迎えることでした。
■気づいたら「うちのこ」になっていた実々
そして、迎えた相棒こそ、甲斐犬の実々(みみ、雌、8歳)でした。
実々と出会ったのは、館山に移住する約1年前の2008年10月。「犬を飼おう」と決めたものの、ペットショップで「購入する」ことに抵抗があった佐原さんは、当時別宅のあった神奈川県相模原市で、市の獣医師会が中心になって開催する譲渡会を覗いてみることにしたのです。
特に犬種にこだわりがあるわけでもなく「かわいい子犬がいないかな」くらいの軽い気持ちで出かけた佐原さんでしたが、その日はたまたま譲渡予定の犬が少なく、佐原さんが希望する雌犬は2頭しかいませんでした。
「メスを希望する方はこちらにどうぞ、と係りの人に促されて進むと、2頭の真っ黒い子犬が目に飛び込んできました。その時点でメスを希望していたのは私を入れて6家族。なのになぜか私以外のみんなは1匹の雌犬に集中してしまい、気が付くともう1匹の犬のほうにいたのは私だけ。係りの人に『この犬を希望したのはあなただけですので、この子はあなたの犬に決まりました』と言われ、あれよあれよという間に、その子を迎えることが決まってしまったのです」。
内心では少し戸惑いもあったという佐原さんですが、
「甲斐犬のこともよく知りませんでしたが、この子と出会ったのも、きっと運命なんだろうな、ここは流れに身をまかせようと思って引き取ることに決めたのです」。実々と名付けられた真っ黒い子犬は、その夜から佐原家の一員になったのでした。
「実々はいわゆる『ツンデレ』。決して愛嬌たっぷりではありませんが、時おり見せる甘えん坊な一面が可愛くて…。私も夫もすぐに実々に魅了されてしまいました」。
■「黒い犬連れの人」としてご近所デビュー!?
そしてその1年後、佐原さんは館山での新生活をスタート。全く知り合いのいない場所でしたが、佐原さんは次第に「黒い犬を連れている人」として、ご近所に認識されるようになります。
「毎日、実々をつれて散歩していると、少しずつ顔見知りが増えて、挨拶したり立ち話をしたりするようになりました。一人で歩いていても、なかなかこうはいきませんよね。予想よりもスムーズにコミュニティに溶け込めたのは、実々のおかげです」と佐原さん。
朝夕の散歩に欠かさず出かけることによって、1日を規則正しく送ることができ、仕事とプライベートのメリハリもうまくつけられていると言います。
「その点でも、実々を新生活の相棒に迎えて大正解でした。実々がいなかったら、せっかく移住したのに仕事ばっかりしてしまって、地域に今ほど溶け込めていなかったと思います」と佐原さん。
休日には犬仲間が遊びに来て、自宅の庭でのんびり過ごすことも多いそうです。
「実々もこの家がとても気に入っているようで、家にいるときは本当に安心しきっていますね。環境が良いからか、8歳を過ぎた今も、若々しくてとても元気です」。
■実々の首に鈴がついている理由は…?
普段はおっとり暮らしている実々ですが、たまに甲斐犬の「本能」が垣間見えることもあるそうです。
「たまに野良猫を見かけると、もう大変!もともと狩猟犬だった甲斐犬としての血が騒ぐのでしょうね、猛スピードで追いかけていってしまいます。以前、脱走して裏山に逃げ込んでしまい、一時行方不明になったこともあるんですよ」とのこと。
そのときは、竹やぶに入り込んでしまって出られなくなっていたそうです。
「たまたま発見して助けられたのでよかったのですが、もし発見できなかったら…と思うとぞっとします」。
そこで佐原さんが考え出した妙案は、実々の首輪に鈴をつけること。
「こうしておけば実々が動くたびに鈴が鳴るので、居場所をすぐに把握できます。万が一、山に逃げ込んでしまっても、鈴の音を頼りに迎えにいくことができるので、安心です」。最近では鈴の音が聞えたら、ご近所の人もすぐに気づいてくれるようになったそうです。
そんな小さなハプニングはあれど、普段の実々と佐原さんの生活は、とても穏やか。
「あの譲渡会で偶然出会った実々ですが、今では我が家にとってかけがえのない存在です。新生活の相棒になってもらうつもりで実々を迎えましたが、今となっては実々は人生そのものの相棒です。実々という守るべき存在がいるおかげで、私の生活は以前とは比べ物にならないほど豊かなものになりました」。
そんな佐原さんと実々の目標は、旅を楽しめるようになること。今でもドライブで方々にでかける佐原さんと実々ですが、知らない場所や人混みが苦手なので高速道のサービスエリアも大の苦手とのこと。
「とはいえ、実々が苦手なことは極力避けるようにしながらも、大好きな富士山方面への泊りがけのキャンプを恒例にしたいですね。でも一番大切なのは、やはり、毎日の暮らしかな。一緒に過ごせる時間を大切に、一日一日を大切に過ごしていきたいと思っています」。