■すべては「ヤンキー」から始まった
横浜市で暮らす石井さん夫妻。9年前のある日、ご主人の強い希望でラブラドールレトリーバーを飼い始めることになりました。妻の博子さんは当初、大反対。
「夫婦共働きで、ただでさえ忙しいのに、犬を飼うなんて大変過ぎる!と思いました。主人は『俺も手伝うから』なんて言いましたけど、物理的に無理。主人は営業職で毎晩帰りが遅いので、散歩や食事の世話はきっと私がやる羽目になるわけですから、絶対ダメって言い続けたんです」。
しかし、結局はご主人の粘り勝ち。ご主人が以前から飼いたがっていたラブラドールレトリーバーが石井家にやってきました。
「主人が付けた名前は『ヤンキー』(笑)。ラブらしからぬ名前なので、よく理由を聞かれるのですが、どうやら主人が自分のヤンチャだった若い頃にちなんでつけたらしいです…」と博子さん。しかしヤンキーは、その名前とは裏腹に、とても温順で優しい性格の男の子。あっという間に石井家の生活に欠かせない大切な存在になっていったのです。
「共働きなので平日の昼間は毎日お留守番。でもヤンキーはちゃんとお利口にお留守番して、私たちが帰ってくると全力で喜んでくれるんです。なんてことない毎日なのに、ものすごくしあわせそう。そんなヤンキーを見ているうちに、私も毎日をすごく幸せな気持ちで過ごせるようになりました」。
休日にはヤンキーを連れて夫婦でお出かけする機会も増え、夫婦関係も以前に増して良好に。「犬を飼って本当に良かった…」と思うようになったころ、博子さんは友人から衝撃的な話を聞きました。
「友人の話で、ペットショップで売れ残った犬や、捨てられた犬が毎年何万匹も殺処分されているということを知ったのです。ネットで検索すると、本当にたくさんの保護犬が飼い主を求めていることもわかりました。この子たちの全てを救うことはできないけど、自分にできる範囲で協力しようと決意。ちょうどヤンキーの遊び相手も欲しかったので、ある里親ボランティアさんから、1匹のフレンチブルドッグ(ジャン、オス)を引き取ることに決めたのです」と石井さん。
「ヤンキーを飼わなければ、犬を飼う楽しさも知りませんでしたし、保護犬の問題に目を向けることもなかったと思います。もちろん、保護犬を家に迎えることも。その意味で、ヤンキーがすべての始まり。ヤンキーのおかげで、我が家の今があるのです」。
■心臓から12匹のフィラリア虫を摘出!
新たに石井家にやってきたジャンは、何組かの飼い主のもとを転々とたらいまわしにされ、その間ずっと真夏も真冬も家の外で飼われていました。そのため、フィラリアに感染し、石井家にやってきたときにはかなり重症化し、いつも苦しそうに咳をしていたそうです。
博子さんはジャンを楽にしてあげたい一心で病院を探し、心臓に巣食うフィラリア虫の摘出手術を受けさせることに。
「ジャンの小さな心臓には、体長何メートルもの気持ちの悪い虫がなんと12匹も寄生していたのです。ジャン、本当に苦しかったと思います。たかが蚊なんて…と思っている飼い主さんがいらしたら、ぜひ考えを変えて、フィラリア対策をしていただきたいと思います」。
■愛犬ジャンが癌に!そして再発…
手術後、咳が出なくなってすっかり元気になったジャン。先住犬のヤンキーともすぐに仲良くなり、持ち前の天真爛漫な性格で皆を和ませてくれるようになりました。
「ヤンキーとは出会ったその日に意気投合したようで、2匹の間にトラブルは一切なし。ヤンキーにはジャンがつらい過去をもっていることを、わかっていたのかもしれないですね」。
こうして始まった、2匹の犬たちと石井家の暮らし。毎日の散歩、毎週末のおでかけや旅行、「私って、こんなにアクティブだったっけ?」と思ってしまうほど、博子さんの行動範囲も広がりました。
さらに石井さん夫妻は、犬たちと出かけた旅先で2匹の捨て犬を保護、うち1匹は実家の両親が、残る1匹(ミニチュアダックスフント)は手元に引き取って、「タン」と名付け、飼うことにしたのです。
「3匹との暮らしは、本当に賑やかで楽しかった。後からきた2匹がヤンキーをお兄ちゃんのように慕って、ちゃんと上下関係ができているのも見ていて、ほほえましかったですね」と振り返る博子さん。
しかし、そんな平穏な暮らしは長くは続きませんでした。ある日、なんとなくジャンの身体を触っていた博子さんは、ジャンの身体に気になるしこりを発見。胸騒ぎがした博子さんはジャンをすぐに病院へ連れていきました。
告げられた病名は恐れていた通り、「甲状腺がん」。すぐに8時間にも及ぶ癌の除去手術を受けたジャンでしたが、あまりに広範囲に癌が広がっていたため、すべてを除去できず、術後に下された診断は「もって余命1年」という絶望的なもの。さらに肺への転移もみつかってしまったのです。
しかし、博子さんは諦めませんでした。血液を入れ替える免疫療法や食生活の改善など、よいと思ったことはすべて試し、なんとかジャンが元の身体に戻れるように、できる限りのことをしたのです。
しかし、そんな努力もむなしく、今度は肝臓に癌が転移。ほぼ寝たきりの生活となってしまいました。そんなジャンのために、博子さんは仕事をやめ、つきっきりで看護を続けることにしました。治療に費やした費用は軽く200万円を超えていました。
「そこまでしなくても…という声もありましたが、私にとっては仕事よりもジャンが大切。お金は後からいくらでも稼ぐことができますが、ジャンの一生は一度きりです」。そんな博子さんの決意を、ご主人は何も言わず、見守ってくれたそうです。
もちろん、ジャンも頑張りました。肝臓の癌が破裂し、水すら飲めない状況に陥り、獣医師からは「もって2日です」といわれたにもかかわらず、ご主人が大好物のボーロを口元に持っていくと、10粒ほどおいしそうに食べました。
「獣医師の先生も、こんなに頑張る犬は初めて見たとおっしゃってくださったんですよ。本当によくがんばってくれました」。
しかしジャンの容体は日に日に悪化。肝臓の癌が2度目の破裂を起こし、平成25年3月25日、ジャンは天国へと旅立っていきました。
「余命1年」を宣告されてから、1年11カ月、最後までジャンは生き抜いたのです。
■ジャン、「うちに来てよかった」と思ってくれてる?
ジャンの死後、博子さんはひどいペットロスに陥りました。「ジャンの死は自分なりに覚悟できていたはずなのに、やはり悲しくて、寂しくて…」。そんな博子さんを支えてくれたのは、2匹の犬たち。「ヤンキーやタンがいたから、ジャンの死を乗り越えることができました」と博子さんは振り返ります。
その後、新たに元保護犬のトイプードル「ソウル」を家族に迎え、ご夫婦と犬3匹、猫1匹で再び賑やかな生活を送る博子さんですが、今もジャンを思い出さない日は1日もありません。
「治療に関しては、できる限りのことをやったので、悔いはありません。ただ、もっと早く甲状腺がんをみつけてやることはできなかったのか、病気になる前に、もっと健康管理に気を付けることはできなかったのか…、はたしてジャンは我が家に来てしあわせだったのか?と自問してしまいます」と博子さん。
今、一緒に暮らす3匹の犬たちには、ジャンのような苦しみを味合わせないように、食生活に気を遣い、健康管理に努めているそうです。
「ヤンキーたちと日々の生活を健康に、楽しく過ごすことがジャンへの何よりの供養だと思っています。いつか天国で再会できたときに、『よくがんばったね。石井家に来て幸せだったよ』とジャンに褒めてもらえるように、これからも犬のいる暮らしを大切に、楽しみたいと思います」。