あけの語りびと

こだわりの「つゆ」で勝負し、3日間で約5000杯を販売した立ち食いそば店

By -  公開:  更新:

早朝、お仕事をされている方のなかには、仕事の合間にササッと、朝ごはんを済ませる方も多いと思います。重宝するのが、駅や街角、あるいはロードサイドにある「立ち食いそば」のお店です。今回は、東京・練馬で、「立ち食いそば」のお店を開いたご主人のお話です。

「麺処 盛盛」店主の島田聡さん

「麺処 盛盛」店主の島田聡さん

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

昭和100年の今年、ちょうど開業100年を迎えたのが、東京・練馬区にある、西武池袋線の富士見台駅です。その駅前から続く商店街の一角に、2年前・2023年の年末、一軒の「立ち食いそば」のお店がオープンしました。

麺処盛盛(富士見台店)

麺処盛盛(富士見台店)

お店の名前は、「麺処 盛盛」。「もりもり」は、漢字で盛岡の「盛」を二つ重ねて書く「盛盛」で、看板メニューの一つは「肉そば」です。「肉」と大きく書かれた黄色いテントの下、つゆのいい香りに包まれて、ほぼ途切れることなくやって来るお客さんが、次から次へと、そばをすすっていきます。店主の島田聡さんは、地元・練馬区出身の45歳。元々はプロのスノーボーダーでありながら、アパレルブランドも立ち上げ、夏のオフシーズンには、冬に自社ブランドのウェアを着用して撮りためたスノーボードの映像を編集して、DVD作品を製作していました。

「まぁ、今で言うユーチューバーの“走り”みたいなものでしたよ」

そう話す島田さんは、さらに居酒屋にも手を広げていきます。しかし、2011年の東日本大震災で、“自粛ムード”の影響を受けてしまい、アパレル業からは撤退して、飲食一本に絞りました。ただ、その後のコロナ禍を経て、島田さんは時代の空気が変わってきたことを感じます。

『居酒屋のように多くの人を雇うお店のままでは、きっと立ち行かなくなってしまう。人口が少なくなってくる時代、これからは一人で回せる、ワンオペのお店だ!』

そう思った島田さんは、熟慮に熟慮を重ねて、一つの答えにたどり着きました。それが「立ち食いそば」のお店だったのです。

肉そば

肉そば

ただ、近年、「立ち食いそば」を取り巻く環境も、決して穏やかなものではありません。かつて、鉄道駅のホームにあったような「立ち食いそば」のお店は、もはや風前の灯。東京・有楽町をはじめ、駅やその周辺にあったお店も、再開発などに合わせて、ちょっとおしゃれなお店へと姿を変えてしまっています。でも、島田さんは、「立ち食いそば」は、まだ十分にイケると信じていました。それは、立ち食いそば屋のお客さんの回転のよさです。さらに、出店を予定していた富士見台駅周辺には、競合するお店がほとんどなく、ちょうど交差点の角にある、条件の良い空き物件も出てきました。

息子の島田羅王さん

息子の島田羅王さん

加えて、ご自身のそば屋でのアルバイト経験から、「つゆ」にこだわることを決意します。さっそく、アルバイト先だったそば屋のご主人に、作り方をイチから学びました。そのおかげで、カツオやサバ、アジ、昆布、椎茸など様々なものから丁寧に出汁を取り、醬油に火を入れない「生がえし」を使って、旨味のあるつゆに仕上げることが出来ました。

「いくら立ち食いそばだと言っても、自分がおいしいと思えないものは、お客様には出せないんですよ」

そうおっしゃる島田さんこだわりの「つゆ」。これによく合った太麺の蕎麦と共に、「麺処 盛盛」はオープンを果たします。最初は「立ち食いそばなんて……」と遠巻きに見ていた地元の皆さんも、だんだんと出汁のいい香りに誘われるようにお店にやって来て、少しずつ常連になってくれました。この自慢の「つゆ」が評判を呼ぶと、WEBメディアで高い評価を受けます。噂を聞きつけたテレビのグルメ情報番組などでも取り上げられるようになりました。お店は軌道に乗って、開店から1年あまりの今年1月には、同じ西武池袋線のひばりヶ丘駅近くに、2号店を出すことが叶いました。そしてこの夏、「盛盛」は、新たなチャレンジに打って出ました。

ねこそば

ねこそば

7月下旬、新潟・苗場で行われた「フジロックフェスティバル」への出店を果たしたのです。もちろん、お店と同じようにしっかり出汁を取ったつゆの立ち食いそばを提供すると、瞬く間に行列となって、3日間で、およそ5000杯もの立ち食いそばを売り上げました。

「おいしい!」「こんな立ち食いそばは初めてだ!」

そんな声が会場のあちこちから聞こえてきましたが、島田さんは悔しそうな表情で、「オペレーションに課題があった。また挑戦したい」と話して、気を引き締めます。「麺処 盛盛」の開店は、富士見台・ひばりヶ丘、ともに午前6時。

「立ち食いそばたるもの、朝、やらなきゃダメでしょ!」

その誇りを胸に、島田さんはけさも、朝の空気を思いきり吸い込んで、お店のシャッターを開けます。

Page top