
戦争の傷跡を今に伝える「戦災建造物」。今回は東京多摩地区に保存されている戦災建造物のお話です。

東大和・戦災変電所を保存する会」の副会長・新家靖之さん
それぞれの朝はそれぞれの物語を連れてやってきます。
東京都東大和市。西武拝島線と多摩モノレールが交差する「玉川上水駅」から歩いて5分ほど。都立東大和南公園の中に、今も空襲の傷跡を残す「戦災変電所」があります。この変電所は鉄筋コンクリート製の2階建てで、壁面には主に機銃掃射による無数の傷跡が、戦後80年経った今も生々しく残っています。この公園周辺には、かつて軍需工場があり、昭和20年の終戦まで「日立航空機株式会社 立川工場」が存在していました。

旧日立航空機の戦災変電所
工場では1万3000人の従業員が働き、軍用機のエンジンを造っていました。この変電所は、高圧電線で送られてきた電気の電圧を下げて、工場内に送る重要な施設でした。ここで造られたエンジンは近くの「立川飛行機」に運ばれ、通称「赤とんぼ」と呼ばれた練習機が製造されていました。この地域は軍需工場が多かったことから、戦争末期は空襲が相次ぎました。「日立航空機 立川工場」も例外ではなく、昭和20年の2月17日、4月19日、4月24日の3回にわたり空襲を受けています。
最初の空襲は、空母から飛び立った艦載機による爆撃と機銃掃射で、78名が死亡しました。犠牲者の多くは工場内の防空壕に逃げ込みましたが、その上に爆弾が落ち、生き埋めとなって窒息死したと伝えられています。

厚さ20センチのコンクリート壁を貫通した弾痕
2度目の空襲は、硫黄島から飛び立った20機の戦闘機P51ムスタングが、多摩地区の軍需工場を襲撃し、そのうちの3機がこの工場を標的にしました。変電所の壁面に残るクレーター状の傷跡はこの時の機銃掃射によるものです。しかし、厚さ20センチの鉄筋コンクリート製だったため、致命的な損傷は免れました。この機銃掃射で、近くの住民を含めて5名が亡くなっています。
3回目の空襲は、101機のB29が250キロ爆弾を1800発も投下し、工場は8割方が壊滅しましたが、犠牲者は28人にとどまりました。初空襲の教訓から、空襲警報が鳴るとすぐに工場から避難したことが、犠牲者を抑えた要因と考えられています。
この3度の空襲で、工場の従業員や動員された学生、周辺住民など、合わせて111人の尊い命が奪われました。
3度の空襲にも耐え抜き、戦後もずっと使われ続けた「戦災変電所」……。しかし、思わぬことで取り壊しの危機に直面します。その経緯について、『東大和・戦災変電所を保存する会』の副会長、新家靖之さんに伺いました。

B29の空襲で8割が破壊された「旧日立航空機 立川工場」の写真
新家さんは奈良出身の78歳。大学を卒業後、昭和45年に、日立航空機の後継企業だった富士自動車に就職。同社は2サイクルエンジンの開発・製造し、草刈り機やチェーンソーを商品として販売していました。
「独身寮のそばに変電所がありましてね、入社して初めて変電所を見た時は正直、何も感じませんでしたよ。当時、このあたりは、米軍基地が隣接し、戦後のすさんだ佇まいがまだ残っていました。それに変電所は工場敷地内の目立たない場所にひっそりと建っていて、市民の目に触れることもなかったんです。会社も財政難で修繕することもなく、そのまま使い続けていました」
昭和48年、工場の南側にあった米軍基地が日本に返還されることになり、東京都はスポーツ施設を中心とした都立公園として整備を計画しました。当時、総務課に在籍していた新家さんは、工場敷地の土地交渉の責任者を任されていました。都の計画では、穴だらけの戦災変電所は、「公園にふさわしくない」とされ、取り壊して更地にする予定でした。
「これに反対したのが主婦を中心とした市民の会でした。その頃、東大和では戦争の歴史を学ぶ公民館講座が盛んに開かれ、『戦災変電所』の存在も知られるようになっていったんです、見学希望者も増える中、取り壊しの話が伝わり、保存活動が高まっていきました。戦争の悲惨さを我が子に二度とさせたくない、そんな母親たちの強い思いがあったと思いますね」と新家さんは振り返ります。

1階の階段下で『戦災変電所の奇跡』を販売する新家さん
その後、「市民の会」は保存を求めて3000名の署名を東京都に提出。平成4年、この請願が採択され、変電所が保存されることが決まりました。翌年、平成5年に戦災変電所は稼働を終え、工場から東大和市に譲渡され、平成7年に、市の文化財に指定されました。
「いくつもの奇跡と、残したいという熱い思いによって、この変電所が今もその姿を留めていることを、知ってもらいたい。そのためにも、多くの人に訪れてほしいですね」と新家さんは話します。誰が呼んだのか、『西の原爆ドーム、東の変電所』。戦後80年が経った今も、戦争の悲惨さと平和の尊さを語り続けています。
・住所:東京都東大和市桜が丘2-167-18
・公開日:水曜日・日曜日(入場無料)
・時間:10時30分~16時(年末年始を除く)
・職員の展示解説
1回目:10時45分~11時30分 2回目;14時~14時45分