巡礼の御利益【瀬戸内寂聴「今日を生きるための言葉」】第125回
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「娘が死んだ時、あの世なんて信じられませんでした。わたしは今の家へ嫁に来たとき、宗教心など持っていませんでした。姑は毎朝毎晩熱心に仏壇の前で長いお経をあげるのですが、とても意地悪で、嫁いびりだけが生き甲斐としか思えない人のようでした。わたしは何度、逃げて帰ろうかと思ったかしれません。姑が八十二で中風で死んだ時、正直いってほっとしました。そのときもあの世など信じられませんでした。その姑が死んだわたしの娘だけはとっても可愛がっていました。娘は姑の死を泣いていました。巡礼をはじめて、ふっと気がついたら、娘の冥福を祈る時、わたしは姑の分もいっしょに祈っていたのです。これは、ほんとに仏さまのおかげ、巡礼の御利益としか思えません。人を怨む心ほど辛いものはありませんものねえ」
巡礼で出逢った人のことばでした。瀬戸内寂聴
撮影:斉藤ユーリ