頬に風を感じて歩きたい! 暗闇から私を救い出してくれた初代盲導犬ナンシー【わん!ダフルストーリー】

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■音大首席卒業、そして失明宣告…

プロのトロンボーン奏者として活躍中の鈴木加奈子さん。生まれつき視覚にハンディがあった加奈子さんは、中学時代にトロンボーンに出会い、その魅力にどんどん引き込まれていきました。懸命に練習を重ね、音楽大学に進学を果たした加奈子さんですが、大学入学後は徐々に視力が低下し、楽譜も見えにくい状況に…。トロンボーンを心の支えに、ひたすら練習に励んだといいます。

「楽譜は見えにくいけれど、私にはトロンボーンを吹くことができる。このことが1つの自信になって私を支えてくれました」。

猛練習の末、加奈子さんは見事、首席卒業を果たしました。しかし、視力の低下はおさまらず、卒業後間もなくして、加奈子さんは失明宣告を受けてしまいました。

「しばらくはショックで音楽にも身が入らない状況に。どこに行くにも両親についてきてもらわねばならないので申し訳ない気持ちもあって、外出がおっくうになってしまいました」。

そんな加奈子さんを変えたのは、たまたまインターネットでみつけたある盲導犬ユーザーの言葉でした。
「そのユーザーさんは『盲導犬と歩くようになって、目が見えていたときと同じ速さで、頬に風を感じながら歩けるようになりました』っておっしゃっていたんです。この言葉を聞いて、目が覚める思いがしました。私もまた風を頬に感じながら歩きたい!という気持ちがわき上がってきたのです」。

■待ちわびた盲導犬が我が家に!

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しかし、盲導犬は希望すればすぐに手に入るものではありません。現在、日本では、新たに盲導犬の貸与を必要としている人は約3,000人いると言われていますが、年間に育成される盲導犬の数は130~140頭程度。しかも盲導犬の活動期間は約8年なので、例えば40歳で盲導犬ユーザーになった人は80歳になるまでに、少なくとも5頭の盲導犬を必要とします。そう、日本では盲導犬の数が圧倒的に足りていないのです。

「私も最初に貸与を希望してから、数年間待って、やっと貸与を受けることができました。待っている間は、盲導犬との生活が本当に待ち遠しかったですね。50冊くらい盲導犬の本を読んで、来るべき日に備えました」。

そして2008年8月、待ちに待った盲導犬との対面の日がやってきました。それまで、どんな犬が自分のもとにやってくるのか、聞かされていなかった加奈子さん。当日になってはじめて、犬の名前が「ナンシー」だと聞かされて、飛び上がるほど驚いたそうです。

「私は小学校~中学時代に英会話教室に通っていて、そこでつけてもらった英語名がナンシーだったんです。同じ名前の犬が来るなんて夢にも思っていなかったので、思わず運命を感じてしまいました」。

もう1つ、加奈子さんを驚かせたのは、ナンシーのフレンドリーで陽気な性格。
「それまで読んでいた盲導犬ユーザーさんの本には『これがあなたのパートナーですよ、と言われて、そっと手を伸ばすと温かい犬の身体が手に触れて…』みたいな描写がよくあったので、私もそういう感動的なシーンを想像していたんです。でも、私とナンシーの場合はまったく違いました(笑)。対面の場所で待っていると、耳に飛び込んできたのはバタバタいう足音とハアハアいう息遣い!そして『わ~い!遊ぼう!』と言わんばかりに、ナンシーが私にじゃれついてきたのです」。

こうしてナンシーとの運命的な出会いを果たした加奈子さん。約1か月の訓練を経て、いよいよ盲導犬との生活を本格的にスタートさせました。

■頬に風を感じながら歩ける喜び。行きたいときに、行きたい場所に行けるしあわせ。

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ナンシーを迎えた加奈子さんが、まず再開したのは近所への散歩でした。
「それまでは、どこに行くにも誰かについてきてもらう必要があったので、何か明確な目的があるときにしか外出をしないようにしていました。しかも車で送り迎えしてもらうことが多かったので、歩いたり電車に乗ったりすることもほとんどなく、完全な運動不足でした。でも、ナンシーと一緒なら、いつでも好きな時に行きたい場所に行けるんです。特別な目的がなくても、ふらりと近所を散歩できるのが本当に嬉しくて…。歩くと頬に風を感じます。涼しい風を感じると『もうすぐ秋だな』って思ったり、湿った空気の匂いを感じて『雨が降りそうだな』って思ったり…、失明して忘れていた『歩く喜び』がみるみるうちに甦ってきました」。

こうして、いろいろな場所に出かけるようになった加奈子さんとナンシー。最初のうちはコントロールが上手くいかず、斜めに道を横断してしまったり、赤信号を渡ってしまったりと危ない思いもしたそうです。そして、本来はどこにでも一緒に入れるはずの盲導犬の入店を拒否されたことも。

「同じチェーン店でも店によって盲導犬を歓迎してくれるところと、拒否されるところがあり、戸惑いました。盲導犬が入れることをスタッフが知っているかどうかで、対応が異なるのです。これを読んでくれているみなさん、入店を断られているユーザーと盲導犬を目にしたときは、お店の人に『盲導犬の入店は法律で認められているんですよ』と言葉を添えてもらえると嬉しいです」と加奈子さん。もちろんユーザーの皆さんも、日ごろから盲導犬の健康管理だけでなく、身体を常に清潔に保つように毎日のブラッシングをするなどの配慮は欠かさないそうです。

■音楽家としても進歩が!

ナンシーとの出会いは、トロンボーン奏者としての加奈子さんにも大きな変化をもたらしました。
「自分では気づかなかったのですが、周囲の方から『演奏やトークに余裕が出てきたね』と言われるようになりました。ナンシーが一緒にいてくれるという安心感が余裕につながっているのかもしれません。いろいろな場所にでかけるようになって見聞が広がったので、トークの時間の話題にも事欠かないようになりました」。

演奏会に呼ばれれば、日本全国どこにでもナンシーと一緒に公共交通機関を乗り継いで出かけていく加奈子さん。ナンシーは演奏の間、楽屋で待つこともありますが、一緒にステージに上がることもあります。いずれの場合も、ナンシーがとる行動は同じ!ごろりと横になって、演奏が終わるのを静かに待つのでした。

「後で聞いたところによると、私に貸与する盲犬を決める際に、訓練士さんは私が音楽家で楽器を演奏することを考慮して、おっとりして周囲に動じない性格のナンシーを選んでくださったそうです。まさにベストチョイス!ナンシーは大きな音で演奏しようが、大勢の観客を前にステージに上がろうが、まったく動じません。演奏が始まると『あ、今からは待ちの時間ね』と言わんばかりに、ごろ~んと横になってぐうぐう寝てしまうんですよ(笑)」

■ありがとう、ナンシー

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こうして約7年半の月日が瞬く間に過ぎ、いよいよナンシーが加奈子さんのもとを去るときがやってきました。盲導犬はユーザーのそばで一生を終えるのではなく、概ね10歳になると引退をして、その後はボランティアの家庭などでのんびりと余生を過ごすことになっているのです。ナンシーは幼犬期を過ごしたパピーウォーカーのもとへ戻ることが決まっていました。

「ナンシーと別れる覚悟はできていたのですが、やはりその日が近づくと辛くて…。私と同じくらいナンシーを可愛がっていた両親もすごく寂しがっていました」。

ところが、別れの前の日、思いがけないことが起こります。ナンシーが急性の膀胱炎になってしまったのです!加奈子さんやご両親は看病で大わらわ。しんみりと別れを惜しむどころではありませんでした。そして夜はナンシーの様子を見るため、加奈子さんがナンシーのそばで寝ることになったのです。

「翌朝起きたら、膀胱炎はおさまっていてすっかり元気に。私たちが悲しんでしんみりしないように、わざと膀胱炎になったのかしらね?なんて、両親と話しているんですよ(笑)。いずれにせよ、最後の夜をナンシーと過ごせて本当に良かったと思っています」。

翌日、パピーウォーカーさんにナンシーを引き渡した加奈子さん。そのわずか1時間後には、2代目の盲導犬・アリエルとの対面を果たし、トレーニングを開始しました。
「間髪入れずアリエルを迎えたことで、ナンシーとの別れを引きずらずに、気持ちを前向きに切り替えることができました」と加奈子さんは振り返ります。

■加奈子+アリエル=「カナエル」コンビ!

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こうして、加奈子さんは2代目のアリエルとの生活も順調にスタートさせました。もちろん、アリエルと一緒に日本中どこにでも出かけていきます。
「アリエルは歩くのが早いので私も少し速足になります。時には目の見える方を追い越しちゃうこともあるくらいです。いまや運動不足とは無縁ですね(笑)」。

最近は各地での演奏会や講演会のほか、目の不自由な人のためのメイクアップ術の勉強など様々なことに挑戦しているそうです。
「視覚に障害がある人の中でも盲導犬の貸与を受けられるのは、ごく一部。盲導犬と一緒に暮らし、行きたいときに行きたい場所に歩いて行ける私は、本当に恵まれていると思います」と話す加奈子さん。

「この幸運を活かして、もっともっといろんなことに挑戦するのが今の私の目標です。海外を含め、いろんなところに行って演奏をしてみたいですし、これまでやったことのないことにも、どんどん挑戦したいですね。なにせ、私・カナコ(加奈子)とアリエルは「カナエル」コンビですから(笑)、どんな夢でも叶えられるはず。そんな私たちの姿を通じて、盲導犬についてもっと多くの人に知ってもらい、盲導犬育成への支援の輪が広がるといいなと思っています。そして一人でも多くの視覚障害者の方々に、私のように風を感じながら歩く喜びを取り戻してほしいと願っています」。

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  わん!ダフルストーリー Vol.46

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