花にも耳がある【瀬戸内寂聴「今日を生きるための言葉」】第134回
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庵を建てたときのお祝いに、わたしの肩くらいまでの桜の木をもらいました。ところがこの桜、毎年背丈ばかりのびるだけで、一向に花をつけなかったのです。
とうとうわたしは腹を立てて、
「ほんとうにもう、このバカ桜、来年咲かないと切ってしまうから」と、木の下で地団太をふみました。
そうしたら、どうでしょう。つぎの春、寂庵の他の桜のどれよりも早く、このバカ桜が花を開いたのです。しだれ枝にいっぱいついた花は、ほのぼのと淡い白に近い桜色で、まことに清らかでういういしいものでした。
「花にも耳があるのだから、もっともやさしい声をかけてあげなさい」とみ仏のおっしゃる声がきこえてきそうで、わたしは毎日桜を見上げ、「日本一きれいだ」と、大きな声でほめているのです。瀬戸内寂聴
撮影:斉藤ユーリ