【ペットと一緒に vol.160】by 臼井京音
失明した愛犬がきっかけで、西澤洋さんは考えもしなかった道へと導かれました。それは、目の見えない人が使用する杖のような役割を果たせるものを、視覚を失った犬たちのために作ること。
今回は、まったく新しい試みをスタートさせた西澤さんのストーリーを紹介します。
目の見えない愛犬との生活が転機に
西澤洋さんは、以前の愛犬であったパグのクーちゃんとの生活で、ひとつ後悔が残っていると言います。それは、12歳で角膜潰瘍が引き金になり失明したクーちゃんの晩年の生活を、不自由にさせてしまったのではないかということでした。
「目が見えないので、壁や家具に衝突していました。短頭種のパグは、鼻先だけでなく顔面すべてにぶつかった衝撃を受けてしまいます。それで怖くなったのか、クーは動きたがらなくなってしまいました。もともとはアクティブで散歩も大好きだったのに、筋力も体力も衰えてしまい、ストレスを感じてもいたことでしょう」と、西澤さんは当時を振り返ります。
クーちゃんは、肥満細胞腫を患ったこともあり2017年7月に14歳で旅立ったそうです。「目の不自由な犬の生活の質を向上させるため、もしかしたら自分の経験とキャリアが役立つのではないか」と、西澤さんはクーちゃんを亡くしてから、あることを思いつきました。
それは、犬の顔周りをガードできるようなリングを開発すること。西澤さんは、機械工学を学び、エンジニアとしてのキャリアを重ねていました。ちょうど親の介護のために会社勤めを辞めたこともあり、思いつくやいなや、自宅の3Dプリンターを使って設計に取り組み始めたそうです。
犬のプロやモニターの協力を経て製品化
獣医師などの意見も取り入れながら、西澤さんは装着具の設計を進めました。そうして、約5ヵ月後に試作品が完成。
「愛犬だった3頭のパグは、もうみんな旅立ってしまっていたので、フェイスブックをとおしてモニターを募集しました。実際に8頭の盲目のワンちゃんで試したのち、さらに改良を重ねて、現在の“ドッグバンパー”が完成したんです。クーには間に合わせてあげられなかったけど、これで多くの目の見えない犬に安心感と楽しみを取り戻させてあげられるかもしれないと、感慨深かったですね」と、西澤さんは語ります。
こうして製品化したドッグバンパー(スタンダードタイプ)には、リングが回転して角度を変えられるので、犬が下を向いた姿勢でも使用できるといった工夫も加えられています。犬の使用感や体への負担の軽減を最優先に考え、軽量な樹脂で作られているのも特徴です。
「頑丈に作りすぎると、犬の体に衝撃がかかりすぎて危険なんです。なので、犬の体重から安全に使える製品の重量を計算して、完全にオーダーメイドで製作しています」。
再び散歩中に走るようになった!
ドッグバンパーを、全国各地の目の見えない犬たちに届けていくうちに、西澤さんのもとにうれしい便りが届いたと言います。
「キャバリア・キング・チャールズ・スパニエルの飼い主さんから、『視覚を失ってから寝てばかりだったのに、ドッグバンパーを付けたら散歩にも行きたがるようになったんです。何と、以前のように走り回っているんですよ』という話をうかがったときは、感動しましたね」と、西澤さんは微笑みます。
つい先日は、緑内障になって視覚を失ったグリフォンの飼い主さんからの注文があったそうです。
「グリフォンも短頭種なので、何かにぶつかると、鼻と同時に目も傷つけてしまう恐れがあります。目をぶつけると、眼圧がさらに上がってしまい危険なのだとか。病気をさらに悪化させないためにも、ドッグバンパーは役立つんですよ」(西澤さん)。
縁ある犬たちに安心感を
2018年末、西澤さんは利用者の声を反映して、廉価版のドッグパンパー・イージーの販売をスタートしました。
「先端の角度が変えられないのと、サイドフレームをなくしてあります。なるべく多くのワンちゃんたちに気軽に使ってもらいたいという思いで開発しました」とのこと。
西澤さんは、約2年間で100頭ほどの犬にドッグバンパーを届けたそうです。「次は、先端の角度をもっと柔軟に変えられる、スタンダードとイージーの中間タイプのドッグバンパーを作りたいですね。受注した品の製作の傍ら、開発にも取り組んでいます」とも。
そんな西澤さんを現在すぐそばで見守っているのは、推定8歳の元保護犬のへそくん。
「あ、ボクはパグが好きなんですけど、へそくんは妻がもともと飼っていたのでテリアミックスです(笑)。実は最初、モンという名前でした。結婚前、モンは妻を守ろうと気を張っているような様子だったのに、結婚後はボクに守ってもらえるという安心感からか、いままで見せたことのない“へそ天”姿で眠るようになって。で、“へそ”に改名しました」。
犬たちに安心感を届けるというのが、もしかすると西澤さんの使命なのかもしれません。
■ドッグバンパー Webサイト
https://www.dogbumper.net/
連載情報
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著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。