当時の原ヘッドコーチが長嶋監督に新人・阿部の開幕マスクを薦めた理由

By -  公開:  更新:

話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、9月24日、今季限りで現役引退の意思を固めたと報じられた、巨人・阿部慎之助選手にまつわるエピソードを取り上げる。

当時の原ヘッドコーチが長嶋監督に新人・阿部の開幕マスクを薦めた理由

【プロ野球DeNA対巨人】巨人・阿部慎之助に話しかける原辰徳監督(右)=2019年9月21日 横浜スタジアム 写真提供:産経新聞社

「もう1回、日本一になってビールかけをしたい」

今季(2019年)、開幕前に阿部がたびたび口にしていた言葉です。「そうすれば、心おきなく引退できる」と。

2012年、日本ハムとの日本シリーズに勝って以来、日本一から遠ざかっているジャイアンツ。5年ぶりのペナント奪回は果たしましたが、これはあくまで通過点。阿部の目標は、「7年ぶりの日本一」です。

この時期に引退を決意した理由については、近く行われる本人の会見を待ちたいと思いますが、23日のヤクルト戦(神宮)では6号アーチを放ったばかり。Web上でも、ファンから「まだまだやれるのに」「本当なら残念」という声があふれています。

岡本らVを知らない世代に「優勝の喜びを味わってもらいたい」と常々語って来た阿部。その夢が実現したところで、自身の去就をはっきりさせておき、後輩たちにはCSに集中してもらいたい、という思いがあったのかもしれません。

阿部は21世紀幕開けの年、2001年にデビュー。ルーキーながら開幕1軍入りを果たし、阪神との開幕戦で、いきなりスタメンマスクをかぶりました。当時の指揮官は、長嶋茂雄・終身名誉監督でしたが、阿部のレギュラー起用を進言したのは、ヘッドコーチを務めていた原辰徳・現監督でした。

その前年(2000年)、巨人は日本一になっており、村田真一という正捕手がいたにもかかわらず、原ヘッドコーチはなぜミスターに、新人・阿部の開幕マスクを薦めたのでしょうか?

それは、投手のリードが中心で、打撃は二の次だった従来の捕手像とは違う「バットでもチームを盛り立ててくれる正捕手」を育てようと考えていたからです。いずれ自分が指揮官を引き継いだときには、そういうキャッチャーが欲しい。阿部には、それを実現するだけの潜在能力がある、と見込んでのことでした。事実この開幕戦、阿部は初打席でタイムリーを放ち、4打点の大活躍。鮮烈デビューを飾っています。

とは言え、当時はリードもバッティングもまだまだ未熟。阿部は原ヘッドに何度もこっぴどく怒られたそうですが、その熱心な指導ぶりをちゃんと見ていた長嶋監督は、阿部を辛抱強く使い続けました。

翌2002年、ミスターの後を継いで指揮官となった原監督は、クリーンアップも打てる正捕手として阿部を起用。2年目の阿部は、攻守とも期待に応え、原新監督のリーグ優勝と日本一に貢献したのです。

原監督は2度の3連覇と今回のVを含め、巨人を8度リーグ優勝に導いていますが、阿部はそのすべてに主力として関わって来ました。原監督の目指す野球を、どの選手よりも間近で見続けて来たのは阿部なのです。

原監督が復帰した今季、阿部はキャンプ前に「もう1度、捕手で勝負したい」と指揮官に直訴しましたが、故障で断念せざるを得なくなりました。「俺はもう、チームに必要ないんじゃないか」と落ち込んでいた阿部を、「自分でプレッシャーを掛けすぎちゃったかな。もっと気楽に行こう」「お前さんのバッティングはチームに必要。代打で力を貸してほしい」と励ました原監督。

ベンチ待機についても「将来のために、自分が監督だと思って野球を見ておきなさい」と原監督が助言してくれたことで、阿部はポジティブな気持ちで試合に臨むことができたのです。

今季、チームが苦境に陥ったとき、阿部が後輩たちを集めて激励したり、アドバイスを送ったりする姿がたびたび見られました。長嶋終身名誉監督から、原監督が受け継いだ「巨人軍リーダーとしての心得」を継承。それを主将・坂本勇人や、4番・岡本に身をもって示したのも阿部の功績です。

巨人というチームは、他球団からの移籍組も多く、1つ間違えばバラバラになってしまう危険性もはらんでいますが、広島から移籍して来た丸がチームに溶け込めるよう配慮したり、不振のときにアドバイスを送るなど、阿部はグラウンド外でもチームに貢献していました。その強力なリーダーシップと、ここぞという場面での勝負強いバッティングがチームを1つにしたと言っても過言ではないでしょう。

リーグ優勝を決めた22日、原監督と阿部が肩を組んで、横浜スタジアムの左翼席へ挨拶に向かうシーンがありました。そのとき「久しぶりにうれしいなあ」と原監督に言われ、つい感極まってしまったという阿部。

しかし、これがゴールではありません。7年ぶりの日本一を後輩たち、そして恩師・原監督とともに味わうために……阿部の現役最後の戦いは、まだまだ続きます。

Page top