全日本フィギュア~なぜ羽生結弦は宇野昌磨に負けたのか
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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、12月22日に行われたフィギュアスケートの全日本選手権で、羽生結弦を抑えて大会4連覇を達成した宇野昌磨選手にまつわるエピソードを取り上げる。
「ユヅ君(羽生)が出てない全日本で3度優勝しても、正直、日本の誰も気づいてない。五輪よりも僕は、1度でいいからユヅ君に勝ちたいと思っていた」(宇野)
羽生結弦が4年ぶりに出場した、今年(2019年)の全日本選手権。大会4連覇を目指す宇野は、これまでシニアの全日本と国際大会で羽生に8戦全敗、1度も勝ったことがありませんでした。いくら3連覇していても、羽生に勝たないと真の日本一とは言えない……宇野はそんな思いを胸に、今大会に臨みました。
20日のショートプログラム(SP)では、羽生が110.72点で首位につけましたが、フリーではジャンプでミスが続き172.05点、合計282.77点。一方、105.71点でSP2位の宇野はフリーでトップの184.86点をマーク。合計290.57点で羽生を上回り、逆転で全日本4連覇を達成しました。
羽生が日本人選手に敗れたのは、村上大介が優勝した2014年11月のNHK杯以来、実に5年ぶりのこと。宇野に直接対決で負けたのは初めてでした。
「今季がスケートをやって来て、いちばんつらいシーズンでした」
そう語る宇野。2018年の平昌五輪で銀メダルを獲得したことで、「もっと高いレベルのスケートをしないと」と自分を追い込み、いつの間にか、彼本来の「楽しむスケート」ができなくなっていたのです。
悩んだ末に宇野が出した結論は、5歳からずっと指導を受けて来た山田満知子・樋口美穂子両コーチのもとを離れることでした。「違う環境でやってみたら」と優しく背中を押してくれた山田コーチ。
家族同然だった2人から離れ、今季はメインコーチを置かずに戦うことになった宇野でしたが、練習を見て修正点を指摘してくれるコーチ不在の影響は大きく、GPシリーズ・フランス杯(11/1~11/3)ではミスを連発。シニア転向後、自己ワーストの8位に終わり、キス&クライでは1人顔を覆って涙をぬぐうシーンも……。
惨敗が響き、GPファイナル進出も逃してしまいましたが、これがいい転機となりました。
GPシリーズ・ロシア杯(11/15~11/17)の前にスイスへ渡った宇野。臨時コーチとして、トリノ五輪銀メダリスト、ステファン・ランビエール氏の指導を仰ぎ、再び「スケートを楽しむ気持ち」を思い出したのです。
ロシア杯の結果は4位でしたが、復調への手応えをつかみ、全日本選手権へ。
今回のフリーも、決して完璧な演技ではありませんでしたが、冒頭からのジャンプ3本で着氷が乱れながら踏ん張って耐えた宇野。後半の3連続ジャンプでもミスが出ましたが、最後まで伸び伸びと滑りぬいた結果が、逆転Vを呼び込みました。
「(GP)ファイナルに出ることができず、すごく長い時間調整することができ、楽しく練習、楽しく試合ができました。やっと2年前ぐらいの自分の気持ちが戻って来た」
「スケートを諦めなくてよかった」
今回、羽生がフリーで珍しくミスを連発。本来の滑りを披露できなかったのは、5週で3戦という過密日程も原因で、それは宇野もわかっています。
「今回は、僕もユヅ君も、ベストの演技ではなかった。世界選手権が楽しみだという気持ちで練習を積み重ねて行きたい」
この優勝で、宇野は来年(2020年)3月、カナダ・モントリオールで開催される世界選手権の代表に決まりましたが、そこでも羽生に勝つことが、次なる目標です。
一方、敗れた悔しさを噛みしめながらも「初めてちゃんと負けたんで、すごく嬉しいんです」と、後輩・宇野の復活を喜んだ羽生。「スケートに集中できてるなって。見ていて嬉しかった」と語り、会見場では宇野に、「全日本王者って大変だよ」と冗談交じりで、直接祝福するシーンもありました。
「(宇野を)追いかけて、脅かしてやろうと思う。こんなもんじゃねぇぞ! って」
羽生もまだまだ、王者の座を譲るつもりはありません。さらに今回の全日本選手権では、3位に16歳の鍵山優真(神奈川・星槎国際高横浜)が入り、宇野以来、ジュニア勢で5年ぶりの表彰台に立ちました。ウカウカしていると、羽生を抜く前に自分が抜かれてしまいます。
追う立場から、追われる立場へ……宇野は年明けからランビエール氏と正式にコーチ契約を結ぶ予定です。「スケートを楽しむ気持ち」を忘れず、ファンを魅了するその滑りに今後も注目です。