徳勝龍の相撲を開花させた北の湖の一言

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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、1月26日の大相撲初場所千秋楽で、記録ずくめの「下剋上初優勝」を決めた徳勝龍関にまつわるエピソードを取り上げる。

徳勝龍の相撲を開花させた北の湖の一言

【大相撲一月場所(初場所)千秋楽】支度部屋で、関係者と万歳三唱する徳勝龍=2020年1月26日 両国国技館 写真提供:産経新聞社

「自分なんかが優勝していいんでしょうか(笑)」

優勝力士インタビューで本人がそう語ったように、場所前には誰も予想していなかった“伏兵”が、初場所の主役になりました。

西前頭17枚目・徳勝龍が、3日目から何と13連勝。14勝1敗で幕尻(=幕内で番付がいちばん下)からの初優勝を決めたのです。幕尻優勝は2000年春場所の貴闘力以来20年ぶり2度目ですが、あのとき貴闘力は東の幕尻でした。今回の徳勝龍は西の幕尻=「本当の幕内最下位」であり、これは史上初の快挙になります。

また、徳勝龍の先場所(2019年九州場所)の番付は十両で、今場所は幕内に返り咲いたばかりの場所でした。前の場所が十両だった力士の優勝は、1914年夏場所で新入幕優勝を果たした両国以来、何と106年ぶりですが、再入幕した場所での優勝は、これも史上初です。

さらに奈良県出身力士の優勝は、1922年の鶴ケ浜以来98年ぶり。地元・奈良市では市役所の庁舎内で急遽パブリックビューイングが開催されました。徳勝龍が勝った瞬間、集まった市民やファンが歓喜の声を上げましたが、最前列には徳勝龍の父・青木順次さんの姿もありました。

順次さんは元警察官で柔道五段。徳勝龍が幼いころ、柔道と相撲を教えた人物です。握手攻めに遭った順次さんは涙ぐみながら、こう喜びを語りました。

「夢ですね。ホンマに夢。何かが乗り移ったような、神懸かった取組だった。平幕のどん尻から(優勝なんて)……到底考えられない。ようやった!」

そもそも徳勝龍は、2011年九州場所で関取になって以降、長らく幕内と十両の往復を続けて来た力士です。最高位は2015年夏場所の西前頭4枚目で、三役経験もなければ、三賞にも1度も縁がありませんでした。

それが今場所は、まるで別人のような勝ちっぷりで白星を重ね、賜杯に加え、殊勲賞・敢闘賞も獲得してしまったのですから、まさにミラクル。この奇跡はなぜ起こったのでしょうか?

今場所の徳勝龍の取り口を象徴するのが「突き落とし」です。10日目の千代丸戦以降、14日目の正代戦まで5日連続、突き落としでの逆転勝利。土俵際に追い込まれても、188キロの巨体を活かして容易に土俵を割らず、相手のスキを突いての必殺技が面白いように決まりました。14日目・正代との1敗対決を制した際の決まり手も、やはり「突き落とし」です。

優勝を決めた千秋楽の対戦相手は、大関・貴景勝。大関の意地もあり、貴景勝は「絶対に負けられない」と諸手突きで向かって来ましたが、徳勝龍が得意とする態勢・左四つに組み止められてしまいます。

貴景勝の足が一瞬止まったのは、突き落としを警戒したからですが、左四つから左上手も取られ、胸を合わせて寄り立てられると、大関としてもなす術がありません。必死に抵抗しますが、そのまま徳勝龍が寄り切り。

「(徳勝龍は)強かったから優勝した。勢いに飲まれてしまった。負けた者は何も言えない」

と完敗を認めた貴景勝。「左四つ」と「突き落とし」という2つの武器がうまく機能した結果が、怒濤の13連勝につながったと言えるでしょう。実はこの2つの武器は、亡くなった恩師2人からの助言によって磨かれたのです。

2010年、徳勝龍が所属する木瀬部屋は、不祥事から一時閉鎖となったことがありました。このとき、行き場を失った徳勝龍たちを預かってくれたのが、同じ出羽海一門の北の湖部屋でした。

当時、幕下上位で足踏みし、関取への壁を破れずにいた徳勝龍。ある日、ちゃんこを食べているときに、元横綱・北の湖親方からこう声を掛けられたそうです。

「お前は押し相撲(が自分の相撲)だと思っているだろうが、お前は左四つだ」

思いもしなかった言葉に衝撃を受け、目からウロコが落ちたと言う徳勝龍。理事長も務めた北の湖親方は2015年に亡くなりましたが、その教えを守り、今場所も左四つ中心の相撲を展開して行きました。

もう1人は、場所中に急逝した、近畿大学時代の恩師・伊東勝人監督です。徳勝龍のシコ名の「勝」は、監督の名前から取ったもの。大学時代、すぐはたいてしまう悪い癖があった徳勝龍ですが、「安易に引くんじゃない!」と怒る指導者が多いところ、伊東監督は違いました。「前に出てからなら、はたいてもいいぞ」……この伊東監督の助言が、絶妙なタイミングでの引き技、今場所の5連続突き落としにつながって行ったのです。

「監督が見守ってくれているだけじゃなく、一緒に戦ってくれていたんだと思います」

インタビュー中、つい涙ぐんだ徳勝龍。33歳5ヵ月での初優勝は、日本出身力士では最年長記録ですが、「もう33歳ではなく、まだ33歳だと思って頑張ります」と宣言しました。

2人の恩師の教えを胸に、ご当地・大阪で行われる春場所で、初の三役昇進を目指します。

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