柴田理恵~芝居を始めたきっかけは小学校のときのモノマネ合戦
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黒木瞳がパーソナリティを務める番組「あさナビ」(ニッポン放送)に、女優の柴田理恵が出演。芝居を始めた経緯について語った。
黒木)今週のゲストは女優の柴田理恵さんです。柴田さんといえば映画、ドラマ、舞台やバラエティと本当に幅広く活動なさっていますけれども、何をしているときが性に合っていると思われますか?
柴田)生のお客さんと接する舞台は、やはり好きですね。自分が舞台から出て来ているから、いろいろな仕事ができているので、舞台がいちばん面白いです。
黒木)緊張はなさいますか?
柴田)はい、すごくします。夢も見ます。黒木さんは初日などで夢を見ませんか? 初日前に初日が明けたという夢なのですが、セリフも何も覚えていない。「何も出て来ない、どうしてだろう。そうだ、ここまでできていなかった」という夢、見ませんか? 「わー!」と起きて「ああ、怖い」というのは毎回見ます。
黒木)わかります。柴田さんは富山県の出身ということですが、富山のどちらなのですか?
柴田)八尾町で、越中おわら風の盆という祭りのあるところです。
黒木)有名ですね。
柴田)その町の生まれです。母親の実家が旅館だったので、お祭りが年に1度の書き入れどきなのです。小学校の4年生~5年生くらいからは旅館で働いていたので、そこからは踊っていませんが、子供のころは踊りました。
黒木)いいところで育ち、そして東京の明治大学に行かれた。演劇学科に進学されるのですよね?
柴田)はい。
黒木)子供のころから何かあったのですか?
柴田)最初に人前で何かをやるのがおもしろそうだなと思ったきっかけは、学校で山に登ったときに、みんなでモノマネ歌合戦をやったのです。私は学級委員タイプでまじめだったので、みんながやっているのを楽しく見ていたのですが、「理恵ちゃんも何かやって」と言われて、なぜか山本リンダさんのモノマネをしました。そうしたらおもしろいとなって、私もすごく楽しくて、そこで友達が倍増しました。「こういうおもしろいことをやればいいんだ」と思って、それからは学芸会のようなことをやったり、自分でコントを書いて学校終わりに見てもらったりしていました。そうしているうちに、演劇部に入りたいなと思って…。
黒木)お芝居の勉強をなさろうと。
柴田)はい。高校生で演劇部に入り、そこからです。そのころは文学座や俳優座、民藝くらいしか来ないので、それを観に行っているうちに何か物足りないと思っていました。富山県八尾町の奥の山に利賀村というところがあって、国際演劇祭のようなものを行っている村なのですが、そこに早稲田小劇場という当時のアングラの劇団が来ました。白石加代子さんが劇団員です。
黒木)はい。
柴田)その白石加代子さんがいらっしゃるということを私は何かで調べて、すごい人だと思って観に行きました。そうしたら白石加代子さんがカッコよくて、こんなにすごい人が世の中にいるのだと、絶対に東京に出ようと思いました。それで明治大学の演劇学科に行きました。もしかしたら、お笑いのようなもののほうが向いているのかもしれないと思って、佐藤B作さんの東京ヴォードヴィルショーに入れてくださいと言いに行くのです。そしてヴォードヴィルに私のように集まって来た仲間と、ヴォードヴィルを辞めてワハハ本舗をつくるのです。
柴田理恵(しばた・りえ)/女優
■1959年、1月14日生まれ。富山県出身。
■劇団東京ヴォードヴィルショーを経て、1984年に「WAHAHA本舗」設立。看板女優として舞台に立ち、映画・ドラマ・バラエティ番組など幅広く活躍。
■WAHAHA本舗では2017年に行った全体公演で充電期間に入ったが、2020年5月に全体公演『王と花魁』が上演されることが決定。
番組情報
毎朝、さまざまなジャンルのプロフェッショナルをお迎えして、朝の活力になるお話をうかがっていく「あさナビ」。ナビゲーター:黒木瞳