白鵬・朝乃山 無観客場所でそれぞれが思い描いた“心の秘策”

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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、3月22日に行われた大相撲春場所・千秋楽で優勝を飾った横綱・白鵬関と、事実上の大関昇進を決めた関脇・朝乃山関にまつわるエピソードを取り上げる。

【大相撲三月場所】千秋楽 八角理事長から賜杯を授与される白鵬=2020年3月22日 エディオンアリーナ大阪 写真提供:産経新聞社

「1つになればできるということ。大相撲が世の中を元気にして引っ張って行くという、1つの例として残るのでは」(白鵬)

新型コロナウイルス感染拡大の影響で、史上初めての無観客開催となった大相撲春場所。力士に感染者が出た場合、途中で打ち切られる可能性も抱えての決断でしたが、15日間、誰も感染者を出すことなく、無事に場所を終えました。

22日の千秋楽・結びの一番は、2敗で並ぶ白鵬・鶴竜の両横綱が対戦。勝った方が優勝という相星決戦は、激しい攻防の末、白鵬が寄り切りで勝利。自身の史上最多記録を更新する44回目の優勝を飾りました。

「いろいろあって終わったな、と。喜ぶというより、無事に終わってホッとしたのが先ですね」「世界的に安心が戻ったときに(優勝の)喜びが湧いて来るかも」

と、異例の“無観客場所”を振り返った白鵬。

八百長問題で角界が揺れた2011年は、3月の春場所が中止。5月の夏場所は通常の本場所扱いではなく、公式記録だけが残る「技量審査場所」として開催されましたが、このときは両国国技館の観客席をファンに無料開放しました。

一般のファンが誰もいない状態で本場所の相撲を取るのは、どの力士も初めての経験で、最後まで本来の相撲を取れないまま場所を終えた力士も多かったように思います。

白鵬-鶴竜戦も、本来であれば大歓声が上がってしかるべき一番です。その大一番が、まるで序ノ口の相撲のようにガランとした場内で淡々と行われている光景を観て、長年の相撲ファンとしては何とも言えない気持ちになりました。

こういう状況下で「お客さんが入っているときと同じ気持ちで戦え」と言っても、難しいものがあります。メンタルの強さが問われた場所でもありましたが、さすがの精神力を発揮したのが白鵬でした。

初日から9連勝のあと、10日目に阿武咲、12日目は正代に敗れ、一時トップの座を平幕の碧山に譲りながら、再び追い付いてのV。優勝力士インタビューで、場所中の心境を告白しました。

「初日にフタを開けて、想像以上の不思議な感覚があったし、気持ちの持ち方は厳しいものがあった。浮き沈みが激しかった」

土俵入りをしても、四股を踏むときに客席から飛んで来る「よいしょー!」の掛け声が掛からない。土俵に上がる際の歓声もなければ、勝っても負けても場内は無反応……モティベーションの維持も大変だったと思いますが、気持ちを切らさなかったのは、第一人者としての“責任感”でした。

「テレビの前では、何千万人の人が観ている。そう意識して、1日1日やって来た」

こういう考え方ができるのも、「自分が角界を支えている」という自負があればこそ。土俵上でのマナーなどで苦言を呈されることも多い白鵬ですが、過去にも、大相撲が危機を迎えた場所では無類の強さを発揮しています。

野球賭博問題でNHKが大相撲中継を休止した2010年7月の名古屋場所、八百長問題で技量審査場所となった先述の2011年5月場所……優勝したのはいずれも白鵬でした。

また白鵬は、場所中の3月11日に35歳の誕生日を迎えましたが、年6場所制になって以降、35歳以上で賜杯を手にしたのは、昭和の大横綱・千代の富士だけです(2回記録)。

「(千代の富士は)憧れの大横綱ですから。自分が飲みたい、食べたいものを減らしながら、心と体が一致しないと成し遂げられない」

徹底した節制と、鋼(はがね)の精神力。令和に入っても、まだまだ白鵬は健在です。

春場所でもう1人、強靱な精神力を発揮した力士といえば、千秋楽、大関・貴景勝を破って大関昇進を決めた関脇・朝乃山です。

昨年(2019年)5月の夏場所は平幕で初優勝。“令和最初の優勝力士”となった朝乃山。11月の九州場所は小結で11勝、今年(2020年)1月の初場所は関脇で10勝。春場所は12勝すれば、大関昇進の目安である「直前の3場所通算で33勝」に届く場所でもありました。

朝乃山は初日から不戦勝を含め5連勝。6日目に御嶽海、8日目は豊山に敗れますが、そこで崩れず4連勝。10勝2敗で、13日目から白鵬・鶴竜・貴景勝との3連戦を迎えました。大関確定の12勝には、横綱・大関を相手に勝ち越さねばならず、相当なプレッシャーがかかったことは間違いないですが、ここで両横綱に連敗……。

鶴竜戦は、軍配は朝乃山に上がりましたが、物言いが付き、行司差し違えで敗れるという悔しい負け方でした。4敗目を喫した時点で「昇進はなくなった」と思っていた朝乃山ですが、千秋楽は大関・貴景勝に無心でぶつかり勝利。

審判部の境川部長代理が「33勝には1つ足りないが、三役で4場所連続2ケタ勝利。相撲内容も安定している」という理由で、臨時理事会の招集を八角理事長に要請。事実上の大関昇進が決まりました。

豪栄道の引退で、今場所は大関が空位になっており(番付上は西横綱の鶴竜が「横綱大関」として大関を兼任)「早く新大関を作りたい」という協会の事情もありましたが、異例の環境下でも崩れなかったメンタルの強さも評価されたのでしょう。十分、昇進に値する相撲内容だったと思います。

場所中は、かつての恩師、富山商監督・浦山英樹さんと、近畿大監督・伊東勝人さん(いずれも故人)が客席で見守っていてくれる、と思って土俵に上がっていたそうで、先程の白鵬の「何千万人のファンが見守っている」に相通じるものがあります。

25日の臨時理事会で、大関昇進が正式に決定しますが、富山県出身では元横綱・太刀山が1909年(明治42年)に昇進して以来、何と111年ぶりの快挙です。夏場所は「できたら、いつもの場所のようにお客さんの声援を受けたい」と語った朝乃山。次に目指すのは、年内の横綱昇進です。

そして15日間、1人の感染者も出さず場所を終えることに成功した日本相撲協会の努力にも拍手を送りたいと思います。芝田山広報部長(元横綱・大乃国)を中心に「無観客開催運営プロジェクトチーム」を作り、力士の移動は電車ではなくタクシー、外出も控えさせ、力士の検温も徹底するなど、協会総出の努力が実った形になりました。

「他のスポーツ界にも、勇気を持ってもらえると思う」(芝田山親方)

かつてない厳しい局面に立たされているスポーツ界ですが、そんな状況下でも開催を行うモデルケースとして、今回の春場所“完走”は大きな意味を持つことでしょう。15日間、お疲れ様でした。

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