55年回り続けた『銀座スカイラウンジ』最後の回転へ
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それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
年末年始のテレビは、こぞって過去の名作映画を放送します。1977年のヒット映画『人間の証明』はキャッチコピーが印象的でした。
「母さん 僕のあの帽子 どうしたでしょうね? ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、谷底へ落としたあの麦わら帽子ですよ」
西條八十の「ぼくの帽子」という作品をそのまま使ったこのコピーが、映画の詩情とミステリアスな雰囲気を盛り上げるのに効果的でした。
麦わら帽子を連想する絵は、ホテルニューオータニ17階の回転展望レストランが映されていました。こちらは一昨年(2018年)3月、安全性を考慮して回転を止めています。
東京都内でたった1つ、いまも回り続けている場所があります。有楽町の東京交通会館、15階の回転展望レストラン『銀座スカイラウンジ』です。
東京交通会館は1965年開業。55年前から回り続けて来ました。この年は東京オリンピックの翌年ですから、ずいぶん長く回ったものです。創業時からレストランの運営は『東京會舘』が担当。味は保証済みです。
東京會舘マーケティング戦略部、南條愛美さんのお話によりますと、『銀座スカイラウンジ』の回転は、軽食を提供していた昔は60分で1周。コース料理を楽しめるいまは、80分で1周です。これには大きな意味があります。
最初のオードブルから最後のデザートまでが、大体80分。元の景色のところまで戻って来ると、最後のデザートが出る……というような計算ができるそうです。
ディナータイムにはピアノ演奏があるので、ピアノのところまで戻って来ると、誕生日のサプライズケーキが出る! こんな演出も楽しめると言います。
自分のセンスとアイデアで、食事という時間をさまざまにデザインできる『銀座スカイラウンジ』。実は2020年12月30日の営業をもって、リニューアル工事に入るそうです。
新装オープンは2021年夏! そのときの『銀座スカイラウンジ』は、もう回ることはないと言います。
「えっ!? 回転レストラン、きょうで最後だって?」
思い出のある方は、少なからぬショックを受けているかも知れません。まだ行ったことがないという方は、「最後だから記念に行ってみようかな」と、腰を浮かせているかも知れません。でも残念ながら、最終日は予約でほぼ満席。55年前の開店当初のにぎわいになりそうだと言います。
東京會舘の社史を開くと、開店当初は入場制限をしたり予約券を出したり、大変な騒ぎだったそうです。55年前の日本人は高いところへ憧れる気持ちが、いまよりずっと強かったようです。
有楽町のランドマークとして出現した東京交通会館。その天辺のレストランは、食事をしている間にグルリと一回転する……。それはもう、夢のレストランとして十分な魅力を発していたことでしょう。
実際、当時は周りに高いビルもなく、富士山、東京駅、東京タワーなどを、美味しいものを食べながら一望できたと言います。昔は晴海ふ頭の方向に光る海も見えたそうですから、まさに贅沢な眺望。
東京駅方面を見下ろせば、新幹線の線路がズラリ! さまざまな新幹線の発着を目撃できます。鉄道ファンの小学生などは、食べる手を止めて食い入るように見つめ、「ほらほら、早く食べなさい」と親の注意を受けることになります。
これだけのロケーションが用意されているわけですから、いろいろとドラマチックな自己演出を考える人が出て来る。
例えば、田舎の両親を迎えに行った東京駅から、山手線でひと駅。この『銀座スカイラウンジ』で初めて彼女を紹介します。ご両親は東京の景色に夢中になって、彼女のあら探しも忘れてしまう。
一世一代のプロポーズの場所に、ここを選ぶ人も少なくなかったようです。「周りの景色はどんどん変わって行くけれど、僕の目の前の人の顔だけは変わらない。こんな人生が送りたいんだ。結婚してください」
『銀座スカイラウンジ』のプロポーズの成功率は、残念ながら集計していないそうですが、低くないであろうことは容易に想像がつきます。
「誕生日、記念日、銀婚式、金婚式……3世代にわたってご利用いただくケースもあるんですよ」と、うれしそうにほほ笑む南條愛美さん。「でも周りのビルが高くなってしまって、ビルの隙間のレインボーブリッジやスカイツリーは、先端の部分しか見えません」と、ちょっぴり淋しそうです。
ある常連のお客様が、こんなジョークを言ったそうです。
「ここも、ずいぶん低くなったなぁ」
『銀座スカイラウンジ』の答えが聴こえます。
「私が低くなったのではありません。周りが高くなったんです」
さまざまな夢が咲き、夢が散った回転展望レストランは、静かにその役目を終えます。……おつかれさまでした。
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