それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
今回、ご紹介する食堂は、名古屋市中村区の区役所の北西角にちょこんと隣接しています。食堂と言っても、カレーやハンバーグ、チキンライスなど、豊富なメニューを揃えているわけではありません。その内容をご紹介しましょう。
■混ぜご飯、コンブ、おかかなどのおにぎり
■いなりずし
■煮物、玉子焼きなどのお惣菜
■日替わりのお味噌汁
これらのメニューが何と、すべて1品50円! 6品食べても300円です。
人々は愛着を込めて、この店をこう呼んでいます……『50円おにぎり食堂』。座席数は14~15席あるのですが、いまは新型コロナウイルスの感染予防のため、5~6席に減らしています。
4年前の夏、『50円おにぎり食堂』をここに開店。運営して来た佐藤秀一さんは、現在52歳。当時をふり返ります。
「最初は『こども食堂』を開きたいな、と思っていたんです。でも、いろいろ検討するなかで、ウィークデーのランチタイムだけ開く地域のコミュニティ食堂をしたいと、夢がふくらみました」
佐藤さんは、こんな夢を描いたと言います。この食堂で知り合った大人と子供が、登下校の道で挨拶を交わす。
「車に気いつけてな」「道草食わんと、はよ帰りぃ」
区役所の福祉部や大きな病院が近いせいもあって、開店すると、一人暮らしのお年寄りや外国籍の人、車いすに乗った人の姿も目立つようになりました。
「ご飯はいい。総菜だけが欲しい」「煮豆が好き」「カボチャが食べたい」
そんな声をどんどん取り入れて、いまのスタイルができあがりました。佐藤さんは言います。
「最初の2年間は赤字の月ばかり。でも、貯金を切り崩してしのぎました。どんな人も気軽に来て、ホッとして、幸せな気持ちになれる食堂。せっかく開いたこの店を、簡単に閉じるわけにはいかなかったんです」
佐藤さんは30代のころ、ちょっと回り道をしたことがあるそうです。当時の転職ブームに乗ってしまい、仕事をリタイア。自分探しの迷路に迷い込んでしまいました。
職を失い、住まいを失い、軽いうつを発症。ホームレスの人たちが販売する雑誌「ビッグイシュー」を売って、コツコツ貯めたお金をもとに、再スタートを切るまで4~5年かかったと言います。
でも佐藤さんは、この体験を無駄とは思っていません。社会の片隅で頑張っている人の気持ちがわかるようになったからです。
『50円おにぎり食堂』に事件が起きたのは、今年(2020年)3月のことでした。入り口のガラス戸が割られ、店内に置いてあったアクリル製の箱が持ち去られてしまったのです。そのなかには、寄付を集めるパーティーで寄せられた善意のお金が、5万円ほど入っていました。
「ガラスの乱暴な割り方、盗り方を見て、素人の犯行だと思いました。よほど切羽詰まっていたのでしょうか? 相談してくれれば、支援してくださる団体などを紹介できたのに……。腹が立つというよりも、悲しかったですね」
自分がこれまで信じて来た「善意」とは何だろう? 何の役にも立たない。結局、自己満足に過ぎなかったのではないか?
佐藤さんの胸のなかに湧いた、どうしようもない無力感……。ところが、それを払しょくする出来事が起きました。
6月1日のこと。その朝、郵便受けに入っていた1通の封筒。差出人は無記名でした。
何気なく手に取った佐藤さんが開封してみると、出て来たのは「お役に立てたら 嬉しく思います」と書かれた、一回り小さな茶封筒。なかには現金10万円と、ワープロ打ちの手紙が入っていました。
『このようなときこそ、貴店の存在が必要です。特別定額給付金は貴店に寄付します。そうすれば、私自身が貴店を通して、多くの方々の役に立てる気がします。お体に気を付けて頑張ってください』
佐藤さんの気持ちが報われた瞬間でした。
これまでの4年間、数多く重ねて来た出会いのなかで、いまも忘れられないのは、開店後に間もなくやって来た親子連れの姿。見れば、母親のお腹はふっくらと出て、もうすぐ次の子が生まれる様子でした。
母親は幼い娘のために、おにぎりを小さく分けようとしました。すると、娘さんは大きく首を振って「いや、いや」の仕草。次の瞬間、娘さんは両手でおにぎりを持ち、ガブリ! 満足そうに微笑みました。
「あのときの女の子の、うれしそうな目が忘れられないんです」
佐藤さんは今朝も米を炊き、たくさんのおにぎりをつくります。『50円おにぎり食堂』は、きょうも11時開店です。
https://soundcloud.com/shovel_jolf/200923a
番組情報
眠い朝、辛い朝、元気な朝、、、、それぞれの気持ちをもって朝を迎える皆さん一人一人に その日一日を10%前向きになってもらえるように心がけているトークラジオ