『橋場のばんばさま』水難除け・縁切りのご利益があるのはなぜ?
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それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
「夏が来れば思い出す はるかな尾瀬 とおい空」
音楽の教科書に載っていた、おなじみの合唱曲『夏の思い出』。昭和24年6月、NHKのラジオ番組『ラジオ歌謡』で放送されるや否や、またたくまに日本人の心をとらえ、尾瀬の人気は全国に広がりました。
作詞・江間章子、作曲・中田喜直のゴールデンコンビによる作品です。江間さんが幼少の思い出を詩に書き、尾瀬を知らなかった中田さんが簡単に曲をつけたところ、曲を聴いた中田さんのお母様が言ったそうです。
「あなた、これはお粗末ではないですか。すぐにつくり直しなさい!」
書き直して発表したところ、これが大ヒットしました。中田さんは助言への感謝として、『夏の思い出』の印税をお母様に進呈したそうです。
福島県、新潟県、群馬県、3つの県にまたがる本州最大の湿原地帯・尾瀬国立公園。至仏山や燧ヶ岳、景鶴山など、2000メートル級の山々に囲まれた高層盆地です。
福島県側の玄関口、南会津郡の檜枝岐村(ひのえまたむら)は、人口530人ほどの小さな村ですが、旅館・民宿合わせて30軒が点在する温泉場です。
ここの温泉が掘り当てられたのは、昭和48年。「昭和50年代には村の全部の家に温泉が行き渡り、水洗が完備したんですよ」と胸を張るのは、尾瀬檜枝岐温泉観光協会・事務局長の星勇人さん。
「村人の9割は、星、平野、橘という3つの苗字のどれかなんです。400年ごとに戦を逃れて、星家、平野家、橘家が入って来ました。ですから、私たちは下の名前で呼ばれています。観光協会に電話をするときも、『星さんいますか?』と言うより、『勇人いるかい?』と言った方が、通りがいいんですよ」
星さんは、村に伝わる「檜枝岐歌舞伎」についても語ってくださいました。
「270年以上の歴史を持つ檜枝岐歌舞伎は、例年だと年に3回……5月、8月、9月に上演されます。ただ今年(2020年)は、村内の宿泊者のみが観覧可能です。舞台は鎮守様の境内にあり、国の重要有形民俗文化財に指定されています。役者、裏方はすべて村の人々。30人ほどの座員がいるんです」
さて、この歌舞伎が行われる鎮守神社の参道。その途中にある石の像が、今回の主役です。この石像は少し変わっていて、仏様でもお地蔵様でもありません。
「片方のヒザを立てて座っている老婆の像」と言うと、何やら不気味ですが、おばあさんはいたってご陽気です。顔をしわくちゃにして笑っており、突き出た前歯は欠けています。ただし残念ながら、いまはコロナ騒動でマスクを付けているので、欠けた前歯は見えません。
なかなか愛嬌のある石像ですが、この老婆こそ福島のパワースポットとして有名な『橋場のばんばさま』なのです。『ばんばさま』は、現地の方言で「おばあさん」という意味。星さんは、『ばんばさま』の思い出を語ってくださいました。
「ばんばさまは、子どもたちを水難事故から守る水の神様だと言われています。私たちが子どものころ、川で泳ぐときは『溺れませんように』、魚を突くときは『たくさん獲れますように』とお願いしたものです」
『橋場のばんばさま』はもともと、いまの参道にあったわけではないそうです。檜枝岐川にかかる橋のたもとに鎮座していたと言います。
1902年(明治35年)、村を大洪水が襲いました。そのときに村の力自慢が、「ばんばさまが流されてしまう」と、1人で『ばんばさま』を現在の参道まで運んだと伝えられています。その後は木製の屋根と柱、壁で囲んで、この石像を守って来ました。
ご利益は、子どもの水難除けの他にもう1つ、縁切りが加わりました。『ばんばさま』の左右には、昔話の「舌切り雀」に出て来るような、握りバサミの大きなオブジェが供えられています。
なぜか左のハサミはピカピカで、右のハサミは茶色く錆びています。悪霊、悪縁、疫病、災いなどから縁を切りたい人は、左側に新しいハサミを。良縁、商売繁盛、身体強健などと縁を切りたくない人は、右側に錆びたハサミを供えるといいと伝えられています。
しかし、いまのハサミはステンレス製で、なかなか錆びたりしません。その場合は、ハサミをヒモでグルグル巻いて、切れないようにして供えます。
「縁切りとは関係ない」という人の場合は、『ばんばさま』の頭にお椀をかぶせます。積み重なったお椀は、ファッション誌の帽子のように伸びています。
何万年もかかってできた盆地と、何百年も伝えられている伝統芸・歌舞伎。そして、明治のころから子どもたちを守って来た『ばんばさま』。村の人たちの優しさがあふれる南会津・檜枝岐村に、2020年も暑い夏が訪れています。
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