あけの語りびと

『決定版 日本珍景踏切』著者が語る「踏切」の魅力とは?

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それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

「フミキリスト」伊藤博康さん

警報音とともに赤いランプが点滅し、黄色と黒の遮断棒が降りて来る。この「踏切」に魅せられた人がいます。

愛知県犬山市にお住まいの、伊藤博康さん・62歳。伊藤さんは、幼いころから乗り物が大好きでした。

中学生のころ、消えゆくSLを追って、空前のSLブームが起こります。親からお下がりの一眼レフカメラを首に下げ、北海道までSLの写真を撮りに行ったこともありました。

「私が高校2年生の3月、国鉄からSLが消えて、そこで鉄道を卒業する人が多かったのですが、私はその後も、いまで言う『乗り鉄』『撮り鉄』を続けていました。大学に入ると、鉄道研究会(鉄研=てっけん)に入部したんです。新入部員は50人。先輩も50人で、100人の大所帯でしたが、女子部員はゼロ。女の子よりも電車を追いかける方が楽しかったですね!」と、伊藤さんは笑います。

「止まれ」の踏切警標には、年季の入ったものもあり、見つけると嬉しくなるそう

「趣味を仕事にしてはいけない」というポリシーがあって、一般の会社に就職しますが、10年勤めて脱サラ。

「そのころ、〝パソコン通信〟が人気になる直前で、大学の同級生が、鉄道ファンが集まる『鉄道フォーラム』を主催していたんです。いわゆる〝掲示板〟の運営ですが、ようやく上り調子になって来たころに、その友人がやめると言うので、『なら僕が引き受ける』と、趣味を仕事にしちゃったんです」

『鉄道フォーラム』の代表になって30年近く、その他、地元の中日新聞で鉄道のコラムを連載したり、雑誌『鉄道ファン』のバックナンバーをネットで公開する『鉄道ファン図書館』の会員管理などをしています。

そんなある日、伊藤さんに鉄道本の「監修」の依頼が来ます。日本全国にある「踏切」を紹介する本でした。〝撮り鉄〟にとって、「踏切」はよくある撮影ポイントだったので、「ここの踏切を外しちゃだめですよ。あとここも……」とアドバイスし、原稿も書き、写真も提供しました。

2005年に『日本の“珍々”踏切』を出すと、これが大ヒット!

「トータルで1万3000部も売れたのです。まさか踏切の本が、こんなに売れるとは思いませんでしたね」

踏切を通過するのは、列車だけではない(伊藤さんの著書より)

以来、伊藤さんは「フミキリスト」の肩書きでも、鉄道ファンから知られる存在に。あの「タモリ倶楽部」にも出演したそうです。

2010年に、第2弾『最新調査 日本の“珍々”踏切』を出すと、初版6000部が完売! 10年が経った今年(2020年)6月には、第3弾である『決定版 日本珍景踏切』を創元社から出版しました。

日本各地の踏切の数は、3万ヵ所あると言われています。しかし都会の鉄道は高架に、田舎の鉄道は廃止になり、踏切が次々と姿を消して行く……。そこで、日本のユニークな踏切の「いま」をまとめたのが、この本です。

伊藤さんが好きで、何度も訪ねた青森県の「津軽鉄道」。その日は2016年5月6日でした。津軽飯詰駅から歩いて、10分ほどの場所にある踏切を見たとき、「えっ?」と思わず息を飲みました。

「その土手一面に、菜の花が咲き誇っていたんですよ。前に来たときは普通の土手だったので、驚きましたね。土手の上には、ひらがなで『ふみきりちゅうい』と手書きした看板があるだけ。私は、この踏切を『メルヘン踏切』と名付けました」

『メルヘン踏切』と名付けた印象に残る踏切(伊藤さんの著書より)

伊藤さんはいままで、いろいろな「踏切」を撮影して来ました。例えば「さぁ、帰ろう」と駅に向かいますが、思い出したころに列車がやって来る、超ローカル線だったりします。

誰もいないホームのベンチに座り、列車が来るのを待つ。特に、秋の夕暮れは物悲しくなります。そんなとき、遠くに聞こえるあの踏切の音。

「うん……。ようやく来た……」

そんな何とも言えない喜びを、伊藤さんは感じるそうです。

『決定版 日本珍景踏切』著:伊藤博康(創元社)

■『鉄道フォーラム』のホームページ(フミキリスト・伊藤博康さんが代表)
https://www.railforum.jp

■『決定版 日本珍景踏切』著:伊藤博康(創元社)
https://www.sogensha.co.jp/productlist/detail?id=4113

 

番組情報

上柳昌彦 あさぼらけ

月曜 5:00-6:00 火-金曜 4:30-6:00

番組HP

眠い朝、辛い朝、元気な朝、、、、それぞれの気持ちをもって朝を迎える皆さん一人一人に その日一日を10%前向きになってもらえるように心がけているトークラジオ

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